
準備

宿泊をどうするか
ノルウェーのホテル類は、びっくりするほど高い。それに比べてキャンプは安い。全体のコストを下げるためにも、自然とキャンプを基本とすることになる。
コスト面に加えて、キャンプサイトでの人々との出会いが楽しい。キャンピングカー等でキャンプをする人たちには心がオープンな人たちが多く、他国人に出会う経験も積んでいる。そして、各国のバイク乗りも概ねキャンプをするので、他のバイカーにキャンプ場で会う可能性が極めて高い。他のバイク乗りから得る情報はとても役に立つし、バイク談義が楽しい。
このような理由から、私はバイク旅ではキャンプが基本である。理想を言えば、雨の日に、キャビン(ノルウェーでは「ヒュッテ」という)に泊まるという逃げの手を打ちたい。雨の日のキャンプは、テントの撤収で惨めな思いをしなければならず、毎日テントの設営・撤収を繰り返すと、雨の日がとてもおっくうになる。若ければできるだろうが、私の年になっては、その点妥協して、翌日のライディングのエネルギーを温存したい。
バイク
私の旅の相棒は、ヤマハTracer 700 (2017年)だ。去年ノルウェー最北端のNordkappに挑戦したときも、旅をがっしり支えてくれた。この旅の前に、友人とアイルランドを旅したとき、整備の必要を感じたので、掛かり付けのバイクドクター、ヴィンスにフル整備をしてもらい、すこぶる快調。
荷物
何を持って行くかが大きな問題だった。日本に用事が出来て8月頭まで日本にいなければならなかったので、予定より出発が遅れた。ぐずぐずしていると、夏が終わって秋が来てしまう。ノルウェーの秋は、日本なら冬の感じだろう。キャンプで寒いかもしれないという不安がどうしても拭いきれなかった。そこで、暑いときはもちろん、寒いときについても備えることにした。服装類の量が嵩んで、最初40リットルの防水バッグで準備を始めたが、それではきつくなり、60リットルのバッグに切り替えた。荷物が重くなり、その分走りが犠牲になったが、結局この選択は正解であった。明け方前にぐんと冷え込む日が何日もあり、寒さ対策に持ってきた衣類に助けられた。旅先で風邪をひくことだけは、避けねばならない。バイク旅においては、なおさらである。
ソフトパニアの左側には、テント、グラウンド・シート、プラスチックのハンマー、折りたたみの小さな椅子、右側には調理用具、食糧を入れるのがいつものパターン。
私はトップケースなしで走ることはまずない。パンク修理材、工具等が常備してある。鍵がかかるので、非常に便利。旅に行くときは、さらに、チェーンオイル、予備のヘッドライトバルブ、吸気を吹き込んで飲酒していないかどうかが分かるブレサライザー(フランスで必要)などと、スリーピングバッグを入れる。
バイクの後部座席(ピリオンシート)には、完全防水のドライバッグをくくりつける。このバッグはイギリスのグラスゴーにあるLOMOという会社のものを長年愛用している。そして、くくりつけるひもはRokstrapを長年愛用している。
1日目:イリギス東岸からオランダ





初日は、ヨーロッパに渡るので精一杯だった。
イギリスとヨーロッパを結ぶフェリーはいくつかある。イギリスのHullとオランダのロッテルダムを結ぶ航路は、船内で睡眠を取れるという利点があるが、高価でかつ客室を取ることが必須で、合計350ポンド(7万円)ほどかかる。イギリスのHarwichとオランダのHook of Hollandを結ぶ航路には、朝9時発、午後5時着という便がある。こちらは客室を取る必要はなく、7時間船内でぶらぶらしていれば着く。費用もぐっと安く、150ポンド(3万円)で済む。4万円の差は大きく、自ずと後者を選んだ。
問題は、私が住む西側から東海岸のHarwichまで4時間30分かかることだ。9時出港なら、8時には受付に行く必要がある。自宅を朝3時半に出発することになる。ソフトパニヤやロールバッグなどをバイクに乗せ、走り出すことができるようになるまで、約30分かかる。3時に積む込みを始める前に何か食べておきたいので、結局2時くらいに起床となる。
キャンプ旅行で、ノルウェーは寒いかもしれないので、準備は多岐にわたった。丸一日かけて準備したにもかかわらす、寝ることができるころには夜10時になっていた。結局、睡眠4時間となった。
船の中で寝ればいいじゃないかと思われるかもしれないが、船内では、日本のフェリーのようにゴロ寝する場所は一切なく、食事エリア等の椅子しか居場所はない。さらに、船内アナウンスで、席で横になるな、荷物を席に置くなと繰り返し言われるので、椅子に座っての途切れ途切れの睡眠しか取れなかった。これが、下船後のライディングにバッチリ響いた。慣れない土地、慣れない右側通行を睡眠不足で走るのは危険である。
案の定、オランダ側で下船直後、暑い中汗をかきながら1時間ほど並んで入国審査を終え、走り出した頃には、もうヘロヘロで長距離走行に自信がなかった。そこで、港から2時間半ほど走ったところにB&Bを取った。キャンプサイトでテントを設定して自炊する気力は残っていなかった。本当なら、翌日の行程を楽にするためにもっとドイツ寄りのオランダで、キャンプサイトに泊まりたかったのだが、入国審査での体力消耗と睡眠不足でそんな気力がなかった。
8時に宿に着き、シャワーをあびて、晩飯も食べずに寝た。睡眠不足を解消して翌日の長距離ライディングのために体力を回復しておくことが最優先だった。
次回への改善策としては、フェリーを取るときに、キャビンを取ることだ。キャビンは30ポンドもかからない。船内のキャビンで横になって睡眠を補っておけば、次の行程を上手にこなせる。前日にイギリス側でどこかに泊まるという手もあるが、30ポンドで泊まれるところはまずない。それに、荷物の上げ下ろしをしなければならず、無駄が多い。フェリー内で寝れば、荷物の上げ下ろしは不要だ。
2日目:オランダからデンマーク

昨日、寝る前に朝食を注文しておいた。15ユーロだが、グーグルマップの口コミで朝食のことをよく言っていたので頼んでみた。
朝、旦那さんの方が相手をしてくれて、外に準備してあるからと教えてくれた。そういえば、きのう屋内と屋外とどちらがいいか聞かれて、天気が良ければ外がいいと答えていたことを思い出した。私は寝が足りないと記憶がボロボロになる。
ご覧の通り、大概の人の好みをカバーする豊富な内容となっている。私は、玉子、ヨーグルト、数種類のパンとチーズ、ハムなどをいろいろな組み合わせで楽しんだ。きのうは、晩飯抜きだったから、結構な量を食べた。コーヒーが味付けされていて甘すぎたのを除けば、大満足であった。
今日は、ドイツを通り抜けて、デンマークのフェリー乗り場近くのキャンプ場まで一気に走る。去年一度走っているので、1日で行けるのは分かっていたが、ひたすら走らなければ到着が遅くなる。昼飯を食べていると30分ほど失ってしまうので、コカコーラ1本を昼食として、ひたすら走った。遅くなると、キャンプサイトのレセプションが閉じていたりして、テントを設営する前に余分な労力を費やすことになるので、レセプションが閉まってしまう前に何としても着かなければと、焦って走った。走れメロス状態であった。と言っても、過酷な道のりを乗り切ったのは私のバイクだが。
私の努力を妨害したのは、ドイツの交通渋滞であった。都合3回、渋滞で足止めを食らった。夏のピーク時期に3カ所一度にするのではなくて、時期をずらして負担を分散させることが考えられないのかと、むかっ腹を立てながら、渋滞に並び、乗り切った。ノロノロ運転は、車ならさほど苦にはならないが、バイクではこたえる。
ドイツ国内での給油もなるべく回数を減らしたかった。どういうわけか、ドイツではドイツ語を話すことが期待されることが多い。私は片言のドイツ語しかできないので、ドイツは苦手だった。
2つ目のサービスステーションだったと思う。ガソリンを入れに給油ポンプの場所にたどり着いたのだが、ディーゼルしかない。ぐるっとポンプ数台を見回しても、すべてディーゼルだ。しまった、ここはディーゼル専用の場所だったのかと、とりあえず駐車場まで移動してバイクを止め、そこで考えあぐね、まずはトイレに行こうと、ヘルメットを外してバイクに固定させ、徒歩でキオスクのある部分まで戻って来た。トイレをすませ、もう一度給油ポンプのある場所を見に行ってみたら、何と、ディーゼルもガソリンもすべてノズルが黒であることに気づいた。こんなバカなことが許されていいのかと憤った。この場所に来るまで、どこの国でも、すべてガソリンは緑、ディーゼルは黒であった。私はその色分けがイギリス・ヨーロッパでは共通なのだと確信していた。ところが、ここではガソリンのノズルは黒なのである。
給油ポンプの場所から駐車エリアまでは一方通行で、いろいろ戻る道筋を探してみたが、どうしても戻ることができない。仕方ないので、咎められたらこのバカな黒ノズルのガソリンについて派手に口論してやろうと覚悟を決めて、一方通行を逆流して給油ポンプの場所まで戻った。幸い、至極スムーズに戻ることができた。ガソリンのノズルを黒にすることは、禁じるべきだ。
キャンプサイトは、昨年より評価の高い場所で、フェリー乗り場から10分ほどのところにある。
9時間45分かけて795キロを走ってキャンプサイトに着いた。着いたのは8時15分だった。ニュージーランドのあるキャンプサイトで、レセプションは8時に閉まることになっていて、その10分前に着いた記憶が頭にあったので、8時前には着きたかった。
面倒なことになるかと危惧したが、幸い8時を過ぎてもレセプションは開いていた。私は、まだ開いていることに礼を言った。すると、11時まで開いているとのこと。フェリー乗り場近くのキャンプサイトまで、私と同じように長旅をしてくる客が多いと見えて、特別遅くまで受け付けてくれている。
ガソリンが底をついているので給油して帰ってくると言ったら、フェリー乗り場までは10分で行けるから、朝入れて行けばいいと、町の地図を出して、ガソリンスタンドの場所を丁寧に教えてくれた。地図もくれるという。なんと親切なことだ。
地図をもらって指定された区画に行くと、生け垣に囲われた整然とした場所で、とても気に入った。テントを立て、食事を作って食べ、気持ちよく寝た。





3日目:ノルウェー上陸。少し北進。








フェリーの出航が9時30分。ということは、8時30分前にチェックインすべきだ。キャンプサイトから10分で行けるとしても、ガソリンを入れたり、道に迷う危険等を加味すると、30分かかると見よう。ということは、7時30分にキャンプサイトを出る計算になる。7時30分に出られるように、朝ごはんを食べ、テントを撤収し、荷物をバイクに積み終えなければいけない。これにどれだけかかるのかの見極めが難しいのだが、2時間から2時間半を想定した。
5時に起きて、テントの中でいつもの朝食を作って食べた。去年ノルウェーを旅行したときに自然と出来た朝食メニューなのだが、スーパーで売っている円盤状のパンに、チューブに入っているチーズを塗り、その上にプチトマトを半分に切って乗せ、もう1枚パンを乗せたサンドイッチである。
テントを撤収し、荷造りを終えてバイクに乗せ、まずはガソリンスタンドに向かった。ポンプ脇のクレジットカード読み取り機が順調に私のカードを受け付けてくれ、スムーズに満タンにできた。
フェリーの乗船受付を済ませ、指示されたレーンに向かった。先に、ハーレーなどの大きなクルーザーの集団がいた。イギリスのクルーザー乗りであれば、気軽に声をかけたのだが、ノルウエーのクルーザー乗りが、怖い人たちかどうか分からないので、声をかけずに待っていたら、ほどなく乗船するよう係りの人に招かれた。フェリーでは、バイクは大概いちばん先に乗る。
船に乗り込むと、係りの人は停車する場所にだけ誘導して、どこかへ行ってしまった。これは、想定の範囲内である。こういう場合、自分でストラップを見つけ、バイクを固定する。一般的に、ストラップには両端に金属のフックがあって、真ん中に、ストラップの長さを調節するための金具がある。フックの片方を床のアンカーにひっかけて、シートの上を越えて向こう側に渡し、反対側のフックを反対側にある別のアンカーにひっかける。真ん中にある金具でストラップの長さを短くし、ストラップがバイクのシートを下へ押さえつけるようにする。
初めての時は、他のバイカーに助けてもらったが、何回か経験を積むうちに、真ん中の金具の仕組みを理解し、自力でできるようになった。
このフェリーのタイダウン・ストラップはフックが片方にしか付いていなかった。もう片方の端はただ輪があるだけだ。これは、輪の方をバイクのどこかに引っかけろ、そして、2本(以上)使えということだ。少し考えたが、片方のアンカーが三角形だったので、それにストラップの輪をくぐらせて、1本だけでバイクを固定した。我ながら、腕が上がったと、少しだけ得意に思った。
フェリーは、その位置で180度回転し、進み始めた。何度も往復している人たちは、窓際の眺めのよい場所に素早く行って場所を占拠する。私は、まだフェリーの先頭がどっちなのか肌感覚では分からず、出遅れる。まあ、ほんの3時間ちょっとなので、船内をうろついているうちに着いた。
珍しく他のバイカーたちに遅れることなく船外に出たのだが、ノルウェーの道路を走り始める前にスマホのナビを設定するために脇に止まっている間に車がどっと入って来て、また列に並ぶ羽目になった。先を急ぐ旅ではないので、さほど苦にはならない。
先ずは、海岸沿いを走って、それから最初の目的地目指して北上し始めた。船を降りてから、パラパラ降り始めた雨はだんだんと本腰になり、Sirdalという地域にさしかかった段階で、キャンプサイトを見つけた。評価のよい場所だったが、キャビンは一つだけ。それも、さっき埋まったということだ。がっかりしていると、ちょっと待て、妻と話してくるからと言った。戻って来て、部屋に泊めてくれるという。だが、金額が張ったので、ていねいに辞退した。雨はやんだり降ったりという条件下でテントを張ることになった。
キャンプサイトの敷地に入るところに、屋根のついたたき火の場所、テーブルで食事ができる場所などがあり、その隣にトイレ・キッチン棟がある。
たき火を囲んでいた集団に軽く声をかけると、濡れただろう、ここで乾かしなさいと優しいことば。オランダからだそうだ。私くらいの年代の夫婦と、その親夫婦といった感じの4人。
雨の日のテント張りは、まだテントが濡れていないのでそれほど気は重くない。雨がやんでいる間にさっさと終えた。イギリスで「ミッジ」と呼ぶ小さな虫がちらほらいるのを確認したので、藪を避け、芝生の真ん中を選んだ。
この小さな虫は、噛まれると何日も痒く、その後も少し腫れが残る。何年も前にスコットランドで最初のミッジの洗礼を受けたが、ヘルメットの中でもガンガン入ってきて何十カ所も噛まれ、頭が月面クレーターのようにボコボコになった。露出していた手も何十カ所も噛まれた。この恐るべきミッジがノルウェーにもいることを、去年のノルウェー旅行で知った。人によってはまったく噛まれないのだが、私は彼らの好物と見え、ミッジが襲ってくる。スコットランドでミッジがたくさん出るところは、ミッジが何百、何千と雲のように宙を舞っている。私にとって、これはまさにゾッとする光景である。私はミッジネットという、頭から被れるネットを常に持参しているし、手も露出しないように薄手のゴム手袋を必ず持って行く。
キャンプサイトのキッチンは狭く、そこでオランダ組の1人と一緒に食事を用意した。私は雨を避けるため、彼は、オーブンでピザを焼くためだった。いろいろ話をしてすっかり仲良くなった。
屋根付きのテーブルで食事を食べ終わったら、自転車に乗った男性が着いた。中国系の若い男性で、私が乗っていたフェリーに乗っていたという。すごいなあと思いながらいろいろ話していると、もう1台自転車が着いた。この黄色蛍光色ずくめの自転車を途中で追い抜いたのを覚えている。こちらは、若い女性だ。
世の中にはハードコアなサイクリストがたくさんいるが、この2人はこれからNordkappまで行くつもりだという。私は即座にもう時期が遅いと思った。自転車のスピードで北上して行ったら、もう秋が来てしまい、寒くてキャンプは難しくなる。ご本人たちも、それは分かっているようで、私が指摘する前に、寒くても行けるところまで行くと言った。その後、彼らの旅はどうなったのだろうか、知りたいところだ。右の最後の写真、バレーコートの両脇に写っている黄色・緑のテントが、彼らのテントだ。



4日目:Sirdal - Lysebotn pass - Flateland


幸い、翌朝は雨ではなかった。キャンプサイトは、谷のようなところにあったので、近くの山にかかる霞がきれいだった。
例によって朝食をテントの中で済ませ、テントをたたみ、パニアとロールバッグをバイクに乗せ、荷造りを終えた。仲良くなったオランダ人たちにさよならを言い、中国からのサイクリストたちに、もし寒くて北上できなかったら、ぜひLofotenに行くように勧めたが、Nordkappを目指すことにこだわっていた。その気持ちはよく分かる。
今日は、最初の目的地、Lysebotn ルートを走る。地図で見ると、奇怪なルートで理解に苦しむが、行ってみればどうなっているか分かるだろう。ちなみに、グーグルマップに空撮した写真があるので載せておく。
キャンプサイトを出て、少し北上し、まず食べ物の買い出しをした。Jokerというチェーン店があるのだが、それの一軒目にお世話になった。
途中左折して、徐々に高度を上げていったのだが、それに比例して霧が出てきた。霧はどんどん濃くなって、霧と言うより小雨のようになってきた。目の前は真っ白で、先が見えない。目を一生懸命凝らすと、実体を見ているのか、自分がイメージしているだけなのか分からなくなる。それでも、対向車は何台もいきなり現れる。道路脇のガードレール代わりのコンクリート壁を頼りに、ノロノロと進んで行った。引き返すことはまったく頭になかった。
恐ろしく濃い霧の中を神経を使ってノロノロ走り、疲れてしまった。ちょうど右脇に休めるところが出てきたので、休んで気力・体力を回復した。写真は、そこで撮ったもの。
いつまで休んでも事態は良くならないので、前進するしかない。霧の中をまた走り始めた。霧は薄くなったり濃くなったりで、なかなか改善しない。そのうち、いよいよクネクネ道に入った。
前を走っている白いバンを先導役にして、ゆっくりとクネクネ道を下っていった。こんな天気の中、ハイキングで歩いている集団や、下から自転車で登ってくるサイクリストたちがいる。何という人たちだ。
クネクネ道の終わりにさしかかったとき、トンネルが現れた。岩の中をくりぬいてできたトンネルで、まっすぐだ。カーブにさしかかったら、急に前のバンが止まった。これまでも狭いところで止まって対向車を通してやるということを繰り返していたので、それだと思ったら、バンがこっちにバックしてくる。バンの陰から出てきたのは、フルサイズの観光バスだった。こんな大きなものが狭いトンネルを通るのだ。
トンネルが終わって外に出たら、霧はほとんどなくなった。私は、とにかくゆっくり休みたいと思って、左折して港を目指した。
港に着いたが、店がほとんどない。インフォメーションセンターにカフェがあったが、飲み物だけ。昼を食べたいので、マップで探すと、近くのキャンプサイトに併設されたレストランを見つけた。














2、3分走って、キャンプ場に着いた。併設されているレストランは、屋外・屋内に座るところがたくさんあって、なかなかいい。ただ、今日は誰も客がいない。
カウンターに、サンドイッチ(こちらでは、食パンだけでなく、ロールパンやミニバゲットなどでハムやチーズを挟んだもの一般をサンドイッチと呼ぶ。)が何種類かあったので、それを選んでいると、カウンターの女性が、温かい食事もありますよ、といってメニューを見せてくれた。体が冷えたのと、この先のライディングのためにエネルギーを補給しておきたかったので、私はこれに飛びついた。
席に腰を落ち着けて、メニューを見た。ポークチョップに食指が動いたので、それとコカコーラを頼んだ。
カウンターの奥のキッチンの方からスペイン語が聞こえた。カウンターの女性は英語が上手だったので気づかなかったが、彼女もシェフもスペイン人だ。急に、何が出てくるのかとても楽しみになった。スペイン人は、美味いものを知っているからだ。
出てきたポークチョップは、イギリスで見るような豚肉の厚手のスライスをフライパンで焼いたものではなく、茶色のソースがたっぷりかかっている。そういえば、バーベキュー風と書いてあった。厚切りの豚肉が三切れもあった。付け合わせは、茹でたジャガイモを小さめに切ったものと野菜が、クリームをベースにしたソースでマリネしてあるものだった。どちらも美味しかった。食い気が先行していたので、写真を撮り忘れた。
カウンターのお姉さんががっかりすることを教えてくれた。この場所は行き止まりだそうだ。きのうグーグルマップで見たときは、ここから先に道がつながっているように見えたが、実はフェリーの航路だった。ここからフェリーに乗って少し西の対岸に着けば、そこから道がある。ただ、問題なのは、フェリーが1日に2本しかなく、次は5時45分とのこと。さらに、フェリーから降りた先の道をたどって行っても、上手くその先の予定先とつながらない。
じっくり考えた結果、来た道を戻る覚悟を決めた。また、濃い霧を苦労して通り抜けて、来た道をかなり戻ってから、東に進むしかない。レストランを後にして、来た道を戻り始めた。
例の奇怪なトンネルでは、対向車に1台あっただけで、トンネル内の長い直線を独り占めすることができた。
トンネルを抜けて、くねくね道を登り始めて、最初の右カーブで大きく反対車線側まで膨らんでしまった。幸い対向車はなかった。カーブがきつすぎて、不用意に突っ込んでいってはダメだ。右カーブでは、手前で少し左側に寄ってカーブをなるべく緩くして、かつ、半クラッチを使って速度を落とす必要があった。後ろに重い荷物を載せていることも影響しているかもしれない。右カーブの数をこなすごとに、うまく曲がれるようになった。
幸運なことに、いい加減上まで登っても、霧が出てこない。結局、登り切るまで、霧の区間は2ヶ所ほど、しかもほんの数十メートルだった。
ぐんぐん下って、無事、今朝西に枝分かれした箇所まで戻り、さらに東へ進んだ。もう霧とは無縁な、清々しい夏の世界だ。
今日のキャンプサイトと決めたFlatelandでは、日差しが暖かく、夏らしかった。
1日の内で、今朝出かけたキャンプサイト、Lysebotnの下り、そして、このキャンプサイトと、ずいぶん天候の違いが激しかったものだと、しみじみ振り返りながら、晩飯を食べ、心地よく寝た。






5日目:Flateland - Langfoss - Latefossen - Ringøy






昨日の朝とは打って変わって、晴れやかな気持ちのよい朝だった。
今日の目標は二つ。両方とも滝である。ひとつはLangfoss、もうひとつはLåtefossenという滝だ。
ルート選びは、Calimotoとグーグルマップで行う。Calimono では、オートバイ向きのルートが選べる。無料版では機能が限られるが、一日のルートは作れる。グーグルマップを使ってそのルートをたどり、グーグルマップのナビを使って走る。幸い、ルートの選択肢はあまりなく、これまで両アプリの結果は同じだった。今日も、グーグルマップで走る。
午前中は北へ進むだけで終わった。遅まきながら昼をしっかり食べて体力を維持したかったので、Family House Haukeli Turristheimという店に入った。アラブ系の家族経営のレストランで、良く考えもせずに、ポテトフライ付きのハンバーガーを頼んだ。まあ、こんなものだろうというレベル。だが、今グーグルマップで店の他の料理を見てみると、ピタ(草履パン)などを使った料理がとても美味しそうだ。アラブ系なのだから、鶏肉か羊肉とピタの組み合わせで考えるべきだった。その食文化が得意とする物を選ぶべきだった。
最初の目的地Langfossが近くなってくると景色が良くなってきた。走っていると、ここはぜひ写真に撮っておきたいと思える場所が出てきた。ちょうど、右脇にバイクを止める場所があったので、止めると、買い物帰りに家に入ろうとしている人と目が合った。怪しい人ではないですよというサインの意味も込めてニッコリし、わざと見せるようにして携帯をスマホマウントから外し、写真を撮った。
ちなみに、右手に非常に薄い手袋をしているのが分かるだろうか。これはちょっとした思いつきで、ガソリンスタンドでもらえるペラペラの手袋をつけた上に、雨に濡らしてもよいグローブをして雨の日を走ってみたのだ。それが思いのほか上手くいった。この日は、右手の人差し指がひどくささくれていたので、保護のためにビニール手袋をした次第。
Langfossの滝は豪快だった。左手の崖のはるか上から滝の水が豪快に落ちてきて、それが道の下を通って湖に落ちていく。このような大きなスケールの、滝と道路と湖の組み合わせは、今まで見たことがない。来て良かったと思う。動画を撮りまくった。
Langfossの豪快さをグーグルマップで見ることができる。これは、ドローンからの空撮。
この膨大な量の滝の水源はどこかと、グーグルマップを見てみたら、少し離れたところに湖がある。水の白波をたどっての推測では、そこが水源のようだ。
ちょうど良い暖かさなので、駐車場脇のキオスクでアイスクリームを買った。デンマークのキャンプサイトの主人から教わったManga tak(どうもありがとう)と言ったら、それでもいいけど、Tusen takの方が今風だと教えてくれた。Tusenは英語だとThousandで、1000回ありがとうということになる。








さて、もう一つの滝、Låtefossenだ。先のLangfossから20分しか離れていない。来た道を戻って、少し北上。
Låtefossenは、横に大きく広がった2本の滝で、これもまた道路の下を通過する。周辺に土地の余裕がないので、本当はもっと豪快なのだろうけど、それを味わう場所がない。ちょっと残念。
こっちは駐車場が狭いので、車が駐車できずに苦労していた。こんなとき、バイクは便利。ちょっとした隙間を見つけて駐車。ついでに、運良くできた隣の空きに駐車してきた車のドライバーに、低い壁と車のバンパーとの距離をジェスチャーで教えてやった。この人たちはチェコから来たそうだ。すかさずアホイと挨拶。
スペイン人ライダーが、後ろに彼女を乗せ、その彼女がドローンを飛ばして撮影をしていた。なかなかうまく行かないようで、滝の周りを何度も行ったり来たりしていた。
お目当ての二つの滝を見ることができたので、グーグルマップで宿探し。急ぐ旅ではないが、訪れたい場所がみな北にあるので北上しておきたい。評価の高いキャンプサイトを見つけたので、そこを目指して走り出した。
キャンプサイト近くで、狭い道で前をゆっくり進んでいたキャンピングカーが、居住部に乗り込む時に使う小さな階段を道路脇の小岩にぶつけてしまった。かわいそうに、結構変形してしまった。
キャンプサイトに着くと、英語でfullという表示が出ていた。こういう時でも、バイクとテントは押し込める可能性が高いので、受付のお兄さんに聞いてみたら、何とかなるだろう、まず場所を見に行こうと、先導してくれた。小高いところなのでバイクをどこに置こうかと聞いたら、周りの人通りが少ない道に停めて結構とのこと。
礼を言って、入り口まで戻ると、受付のお兄さんは、入り口の外の空き地に停めて、さっきの階段の破損を直そうとしているキャンピングカーの持ち主と口論をしている。どうもそこに停めてくれるなと主張しているようだ。結構厳しいなと思った。満杯なのに次々とキャンピングカーがやってくるので、ストレスが溜まっているかもしれない。でも、どういうわけか私には優しい。
バイクを拾って、目当ての場所まで行った。エンジンを止め、周りを見回すと、だいぶ混んでいる。というか、混みすぎだ。なぜか日本のプールを思い出した。
エンジンを止め、バイクに座ったまま、少し考えた。窮屈に感じたこと、シャワーやトイレがこの人数を受け入れられない可能性が高いこと、まだ先にいくつかキャンプサイトがあることから、ここで一泊するのは賢明ではないと判断した。受付で他のお客の対応をしている受付のお兄さんにジェスチャーで判断を伝えたら、そうだよなといった感じで頷いていた。礼だけちゃんと言葉で言って、先に走り出した。
次にたどり着いたキャンプサイトは、町の中で、他のバイク乗りが、アスファルトの間の土の部分にテントを張っているのを見て、却下。さらに先へ。
町を抜けて少し行った落ち着いたところに次のキャンプサイトはあった。ここなら場所に余裕があり、落ち着きがある。周りの景色もそう悪くはない。
受付を探したのだが、見当たらない。キャンプサイトを2周ほどして、入り口付近の家族に受付の在処を尋ねた。受付はないそうだ。夕方にオーナーがやってきて料金を徴収するとのこと。どこでも好きなところを取っていいらしい。
また一周して、手頃な空き地を見つけた。キャンピングカーに挟まれるような形になった。左手の家族とは、軽い挨拶だけ。右手の老夫婦は、私を喜んで迎え入れてくれ、テントを張る前に少し話し込んだ。フランスから来ているとのこと。旦那さんがとても知的で開放的。奥さんも温和で落ち着いていて、実に素敵なご夫婦。ごく自然に私を何の抵抗もなく受け入れてくれているのが分かる。
入り口の人が教えてくれた通り、夜になったらオーナーが集金に来た。ちょうど私は夕食後の食器洗いの列に並んでいたので、戻った時にはオーナーは離れた場所の集金をしていた。隣の親切なご主人が、記憶のいい人だから戻ってくるというので、信じてそのままにした。オーナーは結局戻ってこなかった。これまで、バイクびいきのオーナーから払わんでいいと恵みを受けたことがあるので、忘れたのか、見逃してくれたのか、本当のところは分からない。払おうにも、オーナーがどこにいるのか分からない。結局、この一泊はタダになった。


6日目:Ringøy - Flåm - Stegastein - Jostedal






気持ちよい朝であった。テントの中で朝ごはんを食べ、荷造りをして、隣のフランス人夫婦に挨拶をした。フランス人夫婦はこれからベルゲンに移動して、フランスへ帰ると言っていた。
北へ向かって走り出した。今日、立ち寄りたいところは、Stegasteinにある展望台だ。ここからのフィヨルドの眺望が楽しみだ。その手前にある、Flåmという、フィヨルドの端にある町も素敵だと聞いたのでぜひ寄ってみたい。
Flåmに着いた。着いたのだが、ちょうど大きな客船から乗客が船着き場周辺に繰り出していたので、お店のある辺りは人がけっこういる。せっかくだから、バイクを駐車して港の周りをちょっと散策。緑色のちいさな電気自動車をたくさん並べたレンタル屋でミニ電気自動車を拝見。この周りを観光に使うのには、賢明な選択だと思う。ここを起点に鉄道が走っている。フィヨルドの谷を奥に行き、滝を見て帰ってくるようだ。次に来たときはぜひ乗ってみたい。
Flåmを出てStegastein展望台へ向かう。つづら折りを登るにつれて左側の景色が良くなり、かなり登ってから左手に現れた駐車スペースにバイクを止めた。眼下に広がるフィヨルドの景色は雄大。こういう景色を待っていたのだ。







景色に満足して、いよいよStegastein展望台へ向かう。道が細くなり、大きなキャンピングカーが対向車とすれ違うのに悪戦苦闘。狭い道は、車幅制限を設けて大きなキャンピングカーは入ってこられないようにすべきだと思った。
いよいよ展望台に着いたが、観光客の車でごったがえしている。坂がややきつく、バイクを止める場所を探しているあいだに、もう少しで立ちゴケするところだった。
やっとのことでバイクを止め、気を取り直して展望台にむかったが、ここも人でいっぱい。突き出た展望台の先端まで行って見たが、いまひとつだった。さっきの場所の方がずっと良かった。
こんなものかと思いつつ、バイクの場所まで戻り始めたら、売店の脇の狭い空き地に上手にバイクを止めていた夫婦がいた。いい所を見つけたねと声をかけ、少し会話。スイスから来ていて、ヤマハのトレーサー9に乗っていた。気に入っているとのこと。
バイクの場所に戻り、バイクを後退させようとすると、男の人がバイクの後ろに立ち、スマホで写真を撮る構えをしながら、ここはバスの折り返し場所だ、ここを離れるのかと聞いてきた。もちろん、離れるところだと言うと、あなたはラッキーだと言われた。遅れていたら、ナンバープレートの写真を撮られ、後から罰金の請求が来たに違いない。確かに運が良かった。今思えば、こんな所までバスがやってくるのは驚きだ。狭い道を向こうから大きなバスがやってくるのを見て、対向車は驚きと恐怖を覚えるだろう。
この後、世界で一番長いトンネルであるLærdal Tunnel (24.51km)を通ったのだが、走った時には世界一などと知らず、何の映像的記録もない。「またトンネル」と入っていったが、トンネルが気の遠くなるほど続いた。SF映画で地下の町に人が住むシーンがあるが、そんな住人のひとりになったような気がした。
地下住民になりきったころでトンネルを抜け、その後、快調に走っていると、グーグルマップが、「右に曲がってフェリーに乗れ」と、事もなげに言った。フェリーなんて聞いてないぞと慌て、止まっている車の列に加わってから焦って調べたら、これは道の代わりのようだ。両岸を橋でつなげる代わりにフェリーでつなぐといった感じ。料金は取られなかった。
フェリーに乗り込む際に、係りの人に左のレーンに行けと指示を受け左に移ると、そこには私だけ。オートバイは最初に降りてよいとどこかで読んで知っていたが、隣のレーンには、ごっつい四駆に乗っている、これまたごっついおっさんがいた。対岸に着いた。車を遮っていた柵が降りていく。知識としては知っていたが、このごっついおっさんの怒りを買って、このごっつい四駆で追いかけ回されたくないので、ご機嫌伺いに彼の顔を見ると、ニッと笑って先に行けと手で合図をしてくれた。ますますノルウェーが好きになる瞬間だ。





今日はどうしてもヒュッテ(キャビンのことをノルウェーではこう呼んでいる)に泊まって屋根付きの部屋で休みたかったので、先を急いだ。時間を稼ぐために、昼飯も抜いて走り続けた。
やっと今日のキャンプサイトについて、ヒュッテは残っているかと尋ねたら、さっき最後のひとつが予約されたと言われた。電話で予約すれば良かったのだ。
私の落胆ぶりを見て、受付のお姉さんはとても気の毒そうにしていた。ないものは仕方がないと気持ちを切り替えて、いつものようにテントを頼んだ。
キャンプサイトの脇には川が流れている。とても居心地のよいキャンプサイトだ。あいにくと、キャンプサイト内の道の周りの場所はもう空きがなかったので、芝生の真ん中にテントを張った。まだ夕方までには時間があったので、受付周辺の掲示板を見て明日のために情報を仕込んだ。
7日目:氷河の日
















前の年、ノルウェーのNordkappまで走ったとき、あるキャンプサイトで豪華なキャンピングカーに乗ったイギリスの家族と一緒になった。久しぶりにイギリス人に会ったので、いろいろ話したが、その時、氷河に行ったときの写真を見せてくれた。こんなに氷河の近くまで行けるんだと衝撃を受け、これは行く他あるまいと心に決めた。氷河の名前は聞けなかったが、ボートに乗ってから歩いて氷河まで行ったと言っていた。
今回の旅の目的の半分は氷河にある。そのためにハイキング用の靴まで持ってきた。いろいろ調べて、ボートに乗ってから氷河に近づくのは、Nigardsbreenに違いないということが分かった。問題は、私に氷河まで行ける体力があるかということだった。きのう、私は、キャンプサイト受付脇にある掲示を長いあいだにらんでいた。もう一つ、Bergsetbreenという氷河がある。こちらは、ファミリー、子ども向けで楽に行けるとある。Nigardsbreenについては、氷河の鼻先までいけるとあるだけで、体力的にどれくらいきついのか書いてない。
私は、グーグルマップのNigardsbreenの口コミをしらみつぶしに読んだ。キツいと述べているものに混じって、幼い子どもと一緒に行ったというものを見つけた。子どもが行けたのであれば、私にも行けるはずだ。キツければ、途中で何度でも休めばいい。ここまで来たのだから、氷河の鼻っ面までいってやろうとNigardsbreenに決心し、今朝を迎えた。
Nigardsbreenまでは、バイクで15分もあれば行ける。15分であっても、バックプロテクター、バイクスーツ、グローブ、ヘルメット等は必ず身につける。向こうで、ハイキング用の服装に着替える計画を立てた。
幸い、60リットルの中にはエアマット等テントに使う品が入っている。テントを設営したあとは、バッグに結構ゆとりができた。ここにバイクスーツ等を入れ、トップケースにブーツ等を入れればよい。そうして、バッグはバイクにくくりつけたままハイキングに出かける。ソフトパニアは要らないので、テント内に残した。
キャンプサイトの受付嬢の話だと、スカンジナビアの国々では「(人を)信じる」という文化が強く残っているとのこと。家の鍵などはかけないそうだ。ということは、バイクにくくりつけたままの私の荷物も安全なはずである。何かあったら、それはよそ者の仕業だ。
Nigardsbreenが近くなると、専用道路になった。帰りに料金を払うようだ。駐車場の奥にバイクを止め、計画通りに着替え、バッグをしっかりくくりつけて、歩き始めた。
ボートには乗らず、歩くことにした。口コミに、平らで簡単だと書いてあったのを信じた。だが、実際に歩き始めると大きな石がたくさんあって歩きづらく、ボートが着く場所までたどり着くのに結構体力と時間を要した。
ボートが着く場所から、登りが始まる。登りはさほどキツくなく、私は適当な負荷を楽しみながら登っていった。今日は氷河見物以外何もないので、途中で2回ほどゆっくり休んだ。振り返って眼下に広がる景色を眺めるのは気持ちがいい。
いよいよ氷河が近づいてくると、元気が出た。一気に氷河直前まで行き、そこで写真やらビデオやらをたくさん撮った。氷河に触れることも可能なのだが、それは予約をして専門のガイドに付いている場合のみだ。自分のペースで行きたかったのと、近くに見られるだけで満足だったので、ガイド付きは選ばなかった。
氷河そのものも圧巻だったが、そこから蕩々と流れてくる水にも惹きつけられた。
念願だった氷河を堪能して、下り始めたとき、橋の上に家族がいた。ちょうど上の写真の橋だ。小さな男の子と女の子がはしゃいでいる。私は彼らが楽しんでいるあいだ、ゆっくりと橋の入り口で待っていた。子供たちが私の脇を通っていき、その瞬間、私はまずいと思った。次の小さな橋(右の上のビデオの橋。白く写っているのは氷河の欠片)の上で男の子が四つん這いになり、女の子が馬乗りになった。私は体が凍り付いた。もしこの女の子が橋から落ちれば、それは女の子の死を意味する。凍る一歩手前の冷たい水の急流に流されていって、誰にも救えない。みるみるうちに流されていくのを傍観するしかない。
幸いにして、2人とも無事に向こう側に走って行った。一歩間違えば、大変な事件を目撃するところだった。



下りは軽快だった。ハイキング用の靴は岩肌にしっかり吸い付いてくれる。岩の上の砂にさえ気をつければ良い。調子よく進んで行くと、あんたは山ヤギのようだと言われた。
帰りは躊躇なくボートに乗ることにした。最初の区間はボコボコしていて労力ばかりかかってつまらない。ボートで気持ちよく近道をするのがよい。
バイク置き場に戻って、誰も荷物に手を付けていないことを確認し、着替えてキャンプサイトに向かった。ここに来た一本道は、途中から有料になっていたので、ゲートのところで機械とやり合って何とか料金を払うことができた。キャンプサイトに戻り、シャワーを浴びて、夕食を食べ、足のマッサージをして水をたっぷり飲んで寝た。何時間も歩き回ったので、寝ている間に足が引き攣る危険性が非常に高い。医者になった教え子に水をたくさん飲めば引き攣らないと以前教わったことを忠実に実行。充足感いっぱいで眠りについた。
8日目:Jostedal - Dalsnibba - Geiranger



グーグルマップスで8日目のルートを描こうとしたら、冬季の通行止めがあってどうしても描けないので、タイムラインから得たルートを貼っておく。
さて、今日は基本的に次の足場となるGeirangerへ移動する。途中にDalsnibbaという、眺望の良さで有名なところがあるので、そこに寄って行く予定だ。
Jostedalのキャンプサイトを発つとき、オーナーの奥さんと少し話した。旦那さんとバイクであちこち旅をして、イギリスにも行ったそうだ。バイク乗りは国と言語を越えて直ぐに打ち解けることができる。
キャンプサイトへの道は行き止まりだったので、南下して普通の道に合流し、北上の始めた。途中、フィヨルド(Lustrafjorden)の景色のいいところで休憩し、走り続けた。
Lomという素敵な町へ向かう道で休憩したとき、面白いものを見つけた。丸いガラステーブルの真ん中に、狭い間隔の並行する2枚のガラスを立ててそれが回転するようになっている。テーブルに刻んである山の名前に立っているガラスを合わせると、2枚ガラスの間にその山の頂が臨めるようになっている。






さて、Lomの町で左に折れてDalsnibba(ダレスニッバ)ヘ向かう。山のてっぺんの辺りで突き出たところで、素晴らしい眺望が期待できる。
標高を徐々に上げていった。路面が濡れている。雨が降ったばかりだ。ダレスニッバに行くには、専用の有料道路を上っていく。下の入り口のあたりは、路面は濡れているが、ところどころ青空が見えている。てっぺんの方は雲がかかっている。とりあえず行ってみようと決めて、料金所でお姉さんに料金を払い、高度を上げていく。視界に問題はない。半ば期待しながら登って行くと、9合目辺りで、霞がかかった。下から見上げていた雲の中に入ったのだ。頂上の駐車場に着きはしたが、霧がかかっていて、周りの景色はまったく見えない。看板だけ見て、休憩所でコーヒーを飲み、気を取り直して、麓まで下った。
頂上は霧で視界がなかったが、高度を少し下げれば霧はなく、そこからでも充分いい眺めが楽しめた。Geirangerのキャンプサイトには2泊するので、再挑戦する機会が訪れるかもしれない。
Geirangerのキャンプサイトはいい場所にある。Geirangerは、フィヨルドのいちばん奥まった入り江の町で、ちょうど大きな客船が接岸し、乗客があたりの観光に繰り出していた。キャンプサイトの脇の道をこの乗客たちがたくさん歩いている。キャンプサイトは港に隣接していて、設備もよく整っている。
私は同胞のバイカーを見つけ、その隣にテントを張った。このBMWはスイスから来た彼のバイクで、もう26年も同じバイクに乗っているそうだ。このバイクが最初のバイクで他を知らないので、良いバイクなのか悪いバイクなのか分からないと言っていた。それもまた、一つのバイク所有のあり方だと思う。
バイクが2台テントを張っていたのが呼び水になって、後からゴールドウイングとBMWのGSも加わった。彼らは、オランダから来たそうだ。




9日目:Geiranger - Dalsnibba - Eidsvatnet Lake






今日は天気が良い。ダレスニッバの方を見上げると、雲がない。ダレスニッバと、少し西側にあるØrnesvingen Viewpointのどっちを先にしようか。隣のスイスBMW氏は、両方とも行ったと言っていたので、どっちの方が眺めがいいかと聞いたら、即座にダレスニッバだと答えた。ダレスニッバに雲がないうちにリベンジを果たしておこうと決めた。そうとなれば雲行きが変わる前に行きたいので、あたふたと準備をして出かけた。
Geirangerの町はフィヨルドの谷底にあるので、東に向かってクネクネ道を登り、ダレスニッバ目指して進む。高度が上がるにつれ植生が変わり、ダレスニッバ専用道路入り口レベルではほとんど木がなく、殺伐とした光景になる。きのう来た料金所まで来て、上を見上げた。きのうと違っててっぺんに雲がかかってない。行ける。料金を払って登り始めた。きのうは霧に遮られて前が見えなかった頂上付近になっても、視界は良好。無事、ダレスニッバ頂上に着いた。
最初の観光バスが来る直前だったので、眺望の良い場所に直行した。きのう下見しているので、もうベテランである。やがて、バスの観光客たちが私に気づいてよって来た。束の間の独り占めであった。ここから、今朝いたGeirangerの町が遙か下に見下ろせる。あまり高いので、カメラでは拡大しないとGeirangerの入り江が確認できない。遙か上空からフィヨルドの底を見下ろすのだから、景色が良くないわけがない。
きのうの恨みが晴らせて満足し、きのうも世話になったカフェに入り、外の景色を見ながらコーヒーを飲んだ。
コーヒーを飲み終わって外に出てバイクに近づくと、バイクの両脇に例の緑のミニ電気自動車が止まっている。ここまで上がって来て、帰るまでバッテリーが持つのだと感心した。こういう観光にはもってこいの乗り物だと思った。2人乗りもできる。
振り返ると、結構な数のBMWのGSが止まっていた。他にKTMの大きなのも混じっている。全部で20台くらいあるだろうか。バイクに近づくと、どのバイクにも「Edelwiss」というステッカーが貼ってある。これは、ツアーなんだと感心しているうちに、1人、2人とライダーが帰ってきた。1人に声をかけると、オーストリアから来ているそうだ。そのうち、女性リーダーによるブリーフィングが始まって、みんなヘルメットを被って乗り出して行った。こういうバイク旅の仕方もあるのだ。





満足して山を下り、キャンプサイトのある港町に戻ってきた。ここでガソリンを入れ、こんどは西に向かって登り、Ørnesvingen Viewpointを目指す。目指すと言っても、15分ほどの道のりである。
さすがビュースポットを名乗るだけあって、見下ろす景色は格別。キャンプサイトのある船着き場の町は、左手。右手にはフィヨルドに入り込んでいる水が広がる。海水がここまで入り込んでいるのだが、これを海と呼んでいいかどうか少し躊躇われる。
行きがかり上、クネクネ道を登り続けた。近くに湖があるのをマップで見つけ、そこに行くことにした。
着いてみると、Eidsvatnet湖はとても美しかった。ちょうどよいサイズで、左右の山とのバランスが見事だ。写真は、登ってきた道の方を見ている。
再びGeirangerの町に戻って、キャンプサイトにバイクを止め、町で昼を食べることにした。たいした距離ではないので、ヘルメットとグローブだけ置いて歩いていった。ハイストリートを行ったり来たりして、結局フィッシュアンドチップスを食べた。さすがに魚の質が良く、美味しかった。









さて、まだ午後がたっぷり残っている。ダレスニッバへの往復の際、通り過ぎたノルウェー・フィヨルドセンター(Norsk Fjordsenter)に行ってみることにした。
例によって、昔どんな家に住んでいたかを復元したものや、フィヨルドがどんなふうにできているかなどの展示だった。ここの売りは、むしろ外を流れている急流だろう。急流を脇に見ながら町までおりて行けるように、歩道が整備されていた。建物の外に止まっていた電動モペットがよくできていて、写真に収めた。
キャンプサイトに戻り、シャワー棟でシャワーを浴びて外に出ると、接岸していた巨大客船が船着き場を離れ始めた。沖まで後退して充分広さのあるところまで出たら、ゆっくりと180度回転して沖に出て行った。
町が急にひっそりとした。





夜になって、オランダ組のゴールドウイングとGSが帰って来た。彼らは今日、有名なパスであるTrollstigenに行ってきたのである。少し考えて、彼らの利口さが分かった。幹線道路を使えば、ここまで6時間ほどで来られる。ここを足場として、Trollstigenで1日楽しんで帰ってくる。サクッと美味しいところを味わうプランの立て方だ。今回、私は地べたを這い回るような旅をしているので、そのコントラストを強く感じた。
彼らの効率的なバイク旅のしかたを見て決心が着いた。実は、天気予報は向こう5日間、毎日雨がみっちり降ると告げている。急な用事が出来て出発が半月以上遅れ、8月中旬に差し掛かろうという時に出発したのが失敗のもと。今回の旅で、あとTrollstigenとAtlantic Ocean Roadを走ることを考えていたが、明日から連続する悪天候で気が重くなっていた。幹線道路を使えば、オスロからTrollstigenまで1日で来ることができる。TrollstigenとAtlantic Ocean Roadは、次の機会のために取っておくことにした。雨の中で走っても、楽しくない。北上はやめ、雨を避けて南下する決心をした。
10日目:Geiranger - Lom - Ringebu




天気予報どおり、夜から雨になった。テントの中で朝食を取り、雨脚が弱まるのを待った。運良く雨が弱くなったので、テントの中でバイクスーツ、ブーツ、ヘルメットを着用。寝袋、エアーマット等はそれ以前に積み込める状態にして、あとは一気に積むだけになっていた。
バイクスーツとヘルメットを着用すれば、濡れることはない。イギリスは、1日のうちに天候がよく変わるので、基本的にバイクスーツは防水だ。テントのポールを抜き、バタバタとテントを宙に泳がせて、できるだけ雨滴を取ってからたたむ。それでも、テントは濡れているが仕方がない。雨の日のテント撤収は惨めなものだ。
港には、次の大型客船が着いている。1日も惜しまず次の観光客を連れてくるようだ。夏は短いので、なるべく多く稼いでおく必要があるのだろう。
北西から悪い天気が迫ってきている。とにかく、東へ逃げる。もうイギリスに帰り始めたので、同時に南へ進むことも意識した。
東へ走ったが、気温がどんどん下がり、私は凍えていた。体の芯まで冷え切ってしまった。止まって暖を取らなければまずいと思い、道路沿いの閑散とした別荘地の入口に止まった。何か食べて体が熱を発するようにしようと思い、荷をほどいてチーズサンドイッチを作って食べた。厚着をして30分ほどそこにいたら体温が戻ってきたので、また走り始めた。
山を2つほど越えたら、天気が良くなり、暖かくなってきた。悪い天気から逃げることができた。
町があり、ガソリンスタンドでコーヒーとホットドッグを食べ、エネルギー補給をした。ノルウェーのガソリンスタンドでは、ホットドッグを作って売っていることが多く、以前から食べたいと思っていたが、ようやく実現した。
コーヒーを飲みながら地図を見ると、ちょうど延長線上に、以前テレビ番組で見てグーグルマップにラベルを付けておいたパン屋がある。そこを目指して走ることにした。
目指す町はLom。町の有名なパン屋さんの名前はBakeriet i Lom AS。BBCの番組で紹介された部分がYoutubeにあったので、貼っておく。
店の前には列が出来ていたので、列に加わった。ピザも作っているという。ちょうど昼時だったので、パンを3種類買って、ピザはどこかと聞いたら、お店の隣にあるという。さっそく隣のピザレストランに移動。
出てきたピザは、昔ナポリで食べたのといい勝負。ついでに、さっき買ったパンも1つ食べた。持ち重りがして、密度の高いパンだ。
旨い物を食べて幸せいっぱいである。











去年Nordkappに行ったときに使った道を走っていた。去年泊まったキャンプサイトに早めに着いて、キャビン(ヒュット)を取った。今日はどうしても屋根のあるところで寝たい。
愛車をキャビンの横に止め、荷物を中に持ち込んだ。同時に、キャビン前の芝生にテントとグラウンド・シート、パニアなどを広げ、乾かした。
朝Geirangerは雨で、ここに来る途中、道で凍えていた。今は、青空の下で濡れたテントを乾かしている。1日のうちで、こんなに天気が違うんだなあと感心しながら、キャビン前の椅子にこしかけ、ことし初めてのコカコーラを飲んでいた。
このキャンプサイトは、本当に気持ちがいい。
11日目: Ringebu - Stavern
ヨーロッパ大陸の方は天気がよいので、さっさと渡ってしまってデンマーク北端を楽しもうと思った。いつも通り過ぎるばかりだ。
デンマーク側へのフェリーはLarvikとKristiansandから出ているが、Larvikの方が近いのでLarvikに近いキャンプサイトを見つけ、そこを目指した。
オスロ付近で大渋滞に巻き込まれた。運悪く金曜日の帰宅渋滞の中に乗り込んでいったようだ。延々とノロノロ運転が続き、クタクタになって、小さなサービスステーションに寄った。ソフトクリームを50クローネで買った。出てきたソフトクリームの大きさにたまげた。これでは、主食である。食べ物を残さないよう躾けられて育ったので、頑張って食べ切った。
キャンプサイトは、まあ我慢できるというレベルだったが、結構値段がしたのを覚えている。
12日目:Larvik - Hirtshals


今日のフェリーは15:40。朝からのんびり気分でチェックアウトの11時にキャンプサイトを出た。今日も天気がよい。
「パン屋でサンドイッチを買って、どこか景色のよいところでゆっくり食べる。」というのがフェリー乗り場に行く前の目標だ。
一軒目の近場のパン屋は坂にあってバイクが止めにくく、やめにした。Stavernという町に出て、最初のスーパーで買おうと駐車場に着いたのだが、それでは面白くない。グーグルマップを頼りに町のマーケットに向かうが、石畳の広場にバイクを止めてよいのかどうか分からず、ここもやめて、次のパン屋へ。ようやく道路脇にバイクを止められるパン屋さんを見つけ、そこで、サンドイッチを買った。この辺りは、家の壁が基本的に白で、町の色の統一性があってとてもきれいだ。
サンドイッチをトップケースに入れ、見晴らしの良い丘まで行ったが、またもやグーグルマップにだまされた。見晴らしがよくない上に、バイクが止めにくい。いっそ海へ行くことにした。
うろうろして、Helgeroaという港町に着いた。交差点の先によさそうな海が見えたので、勘にしたがって海の方へ降りて行った。
マリーナの広場のようなところに着いたら、広場いっぱいにいろいろなポルシェが止まっていることに気づいた。これは、ポルシェクラブか何かの集まりに違いない。広場にあるレストランに集まっているようで、そこだけ活気がある。
いろいろ見て回って、古めの素敵なデザインの1台が気に入った。美しく手入れされいる。
駐車場脇にベンチがあったので、そこに座って船を見ながらサンドイッチを食べた。













デザートを求めてさっきから気になっていたアイスクリーム屋に行ってみたら、店員さんはスペイン人だった。この国にはスペインから働きに来ている人が多い。数少ないスペイン語を振り回して注文。やっぱり、相手の言葉で話すと相手は優しい。
ポルシェ談義をしているイタリア人たちを見ながら、店の外のベンチに座ってアイスクリームを食べた。ふと左手を見ると、ここからさらに海に向かって桟橋が延びているのが見えた。
アイスクリームを食べ終わってから、そこを歩いてみた。パブベンチがいくつも並び、そこにはバイク用の駐車場だという標識が立っていた。これは珍しい。自分のバイクと一緒に写真に収めようと思った。自分のバイクをそこに移動させて、今度はコーヒーを買って座った。周りにいるバイク乗りの何人かと話をした。偶然ながら、素敵なところを見つけた。贅沢な時間だった。
Larvikのフェリー乗り場からデンマークに行くのは今度で2回目だ。前回ひどく苦労したので、ポイントになるところはよく覚えている。乗り場までは、30分で着いた。
順調にチェックインを済ませ、バイクの集団に加わった。フェリーからは、車が降りている。これがすべて降り終わったら、バイクから入る。その間、我々はヘルメット等を脱いで、しゃべっている。スイスから来た若いカップルは古いアフリカ・ツインに乗っている。デンマークから来た友人2人組は、V-Strom650とTDM900に乗っている。やたら背の高いTDM氏は70才を超えている。デンマークでは車に200%以上の税金をかけていたのを覚えていたので、今はどうなったかと聞いたら、今もそうだと言う。TDMがアドベンチャーバイクの先祖だと言ったら、このバイクが動かなくなるまで乗って、ダメになったらバイクから降りると言っていた。他にもトライアンフ、BMW、ゴールドウイング等いろいろいた。私はうろついて声をかけた。
車がすべて降りて、我々が呼ばれた。乗り込むと、例によって自分でバイクを固定して、上に上がった。ベルトでバイクを固定するのもだいぶ上手くなったと思う。
夜の9時半ころ、無事デンマーク側に着き、私は来るときにも泊まったキャンプサイトに向かった。ここに2泊して、明日は近くの町を見に行く。12時ころ就寝。






13日目:デンマークの先っぽの町 Skargen



朝、テントの外を見ると、快晴。ノルウェーの寒い雨とは大違いだ。デンマーク側でフェリーに乗る前のお気に入りのキャンプサイトとなった。Kjul Strand Campingには、食料品を売っている小さなお店がある。レジの周りは小さなカフェのようになっていて、そこでコーヒーを買った。
美味しそうなパンが目に入って、カウンターの女性にあれこれ聞いていたら、英語にスペイン語かイタリア語なまりがある。尋ねるとスペインから来ているとのこと。例によって乏しいスペイン語で少し話した後、シーフードの美味しいところはないか英語で尋ねた。それなら、Skagenがいいと教えてくれた。シーフードの店が何軒も軒を並べているところがあって、コペンハーゲンの人たちがわざわざ食べに来るそうだ。
店の外の席に座って、お日様を浴びながらパンとコーヒーで朝ごはん。食べながら、スマホでSkagenのシーフードの店が密集している場所を見つけた。
今日は、テントやバッグはキャンプサイトに残したままでいい。軽いバイクはキビキビ走るので楽しみだ。
Skagenまでは、バイクで45分ほどだ。着くと、教わった通り、シーフードの店が軒を並べて何軒もある。目当ての店がどうしても見つからなかったので、その場で見比べて一軒に入った。
出てきた料理は、私が注文したと思っていたものと違って、気取ったものだった。メニューをよく見ると、同じ値段でスペルが少し違う方を注文したのが分かった。メニューはすべて値段が個別だと思い込んでいた。自分のミスなので大人しく食べた。確かに美味しかったのだが、がっつりシーフードではなかったので、少し未練が残った。また、明日の午前中に来てみようと思った。
バイクを止めたところにもどったら、男性が2人バイクの前で立ち話をしている。お巡りさんですか。ここ止めていいんですよねと声をかけた。我々は警察官じゃない。ここに止めて大丈夫だという返事。私は、今回の旅について手短に説明した。1人がハヤブサに乗っていると教えてくれた。200%税金かけられたハヤブサは、さぞかし高額に違いない。
キャンプサイトに戻って、のんびりと過ごした。






14日目:Hirtshals - Krusa





今日の目標は、ドイツ国境ギリギリの所まで行って泊まること。翌日、できれば、ドイツは通り抜けて、オランダで泊まりたい。ドイツでは、多様な移民を多く受け入れているせいか、私の顔を見てもドイツ語で話しかけてくるので、少々苦手だ。オランダ人は、総じて英語が上手で、オランダの方が私はずっと気楽だ。日本とオランダとの間に悲しい歴史があることは知っている。
Skagenにもう一度行って、きのうの恨みを晴らすことを考えたが、往復で1時間半、1時間で食べても合計2時間半後の出発になるので、南下に支障が出る。来年また来るだろうと思い、次の機会を待つこととした。
デンマークの西側半分は、ひたすら平らで、広大な耕作地が広がる。バイクで走るには退屈で、辛抱強さが求められる。2度ほど休憩を取って、4時間ほどでキャンプサイトに着いた。ドイツ国境はすぐそこだ。
キャンプサイトに着いて分かったのだが、ここはファミリーが長期滞在するタイプのキャンプサイトだ。オートバイの旅人が泊まるのは、やや場違い。だが、そんなことには構っていられない。
割り当てられた場所は軽い斜面で、あまり広い場所ではなかった。運動会の時に使うテントのような大きなテントがお隣さん。バイクを斜面の落ち着きのよいところを選んで止めた。隣のテントで女性が騒いでいるのが聞こえる。言葉は理解できないが、声の調子から、隣にバイクがきたことを嘆いていることが分かる。この種のバイク嫌いの奥さんにはイギリスでも出くわしているので、ああここにもいたなと、意に介せずテント設営。
テントが出来上がったころ、旦那が小さな男の子と出てきて声をかけてくれた。隣のバイク乗りがどんな奴か、確かめに来たのだ。彼はピーターで、息子はルークだと教えてくれた。彼らはオランダから来ているそうだ。話しているだけで、とても開放的で良い人だと分かる。
自転車の国オランダから来た奥さんは、バイク乗りに騒々しいならず者のイメージを持っているはずだ。そうではないバイク乗りもいることを教育するためにも、極力静かに過ごした。ちょっと歩いたところにサービス棟があり、そこで食事を作って食べることができた。ファミリー向けの、静粛でのんびりしたキャンプサイトでも、文句なく通用する静かな振る舞いをした。明日は長い1日になるので、早く就寝。

15日目:Krusa - Wildeshausen


朝、テントをたたんで出発の準備を進めていると、お隣のご主人ピーターがやってきたので、少し話をした。彼の町はオランダで最も古い町で、その昔は貿易で大いに栄えたそうだ。何だか気に入ってくれたようで、お茶を勧めてくれたり、これを道中で食べろと、スナックバーをくれたりした。丁寧に礼を言って別れた。
キャンプサイトの受付でコーヒーを買って、外のベンチで飲んだ。
ドイツの高速道路では、老朽化した道路を一斉に直しているのか、交通渋滞がよく起きる。1回の渋滞がかなりきつく、暑さの中でそれを4回こなしたあと、私は本当にヘトヘトになっていた。何とか休憩所に辿り着き、今朝ピーターにもらったスナックバーを取り出し、半分だけ食べた。あまりに疲れていたので、一本食べる気力がなかった。今日中に何とかオランダに辿り着きたかったのだが、もう限界だ。私はスマホを取り出し、グーグルマップでキャンプサイトを探した。30分オランダ寄りに一つあるが、今の状態ではちょっときつい。もう一つ、10分引き返したところにある。10分なら行けるだろうと思った。
キャンプサイトに着いたら、運良くオーナーは英語を話した。彼女は、どこでも好きなところにテントを張っていいと言った。
私は適当な場所を見つけ、向かい側で、キャンピングカーを背に椅子にすわっている老人に手を挙げて挨拶した。老人は、まったく反応しなかった。トイレに行く途中、他のドイツ人老人キャンパーの小グループにも挨拶をしたが、これも冷徹に無視された。
若いドイツ人は、挨拶を返してくれた。シャワーの後、バイクに干してあったタオルが落ちたのを教えてくれもした。イギリス国内だが、ドイツ人の同僚たちにも、初対面のぎこちなさはなかった。その場での私の理解は、これは世代間によって初対面の人への接し方が異なるのだろうというところに落ち着いた。日本でも、よそ者にはひどく愛想が悪い地域や世代がある。ある程度馴染みにならないと、相手にしてもらえない。いずれにしても、攻めてこないだけありがたい。
晩ご飯のころになったが、まだ食欲がない。これはよろしくない。なるべく長く寝て、明日は早く起き、とっととオランダに行こう。
16日目:Wildeshausen - Giethoorn










今朝起きたら、大分調子が良くなり、元気が出てきた。どうやら、昨日は軽い熱中症にかかったようだ。昨日は顔や頭が熱っぽかったが、今日は大丈夫だ。
デンマーク南端にいた時点で、イギリスへ渡るフェリーと、オランダのキャンプサイトは予約してしまった。グーグルマップでオランダを見ていたら、過去に印をつけていたところの一つ、Giethoornが目に付いた。水路の沿いに広がる美しい町だ。Giethoornのすぐ近くのキャンプサイトに2泊予約して、ゆったり観光を楽しむつもりでいた。だが、ドイツの渋滞に叩きのめされたせいで、1泊を失った。イギリスへ渡るフェリーは明日の便を予約してしまっていたので、オランダ滞在は1泊で我慢するしかない。
ドイツのキャンプサイトを出て3時間ほどでGiethoornに着いた。大勢の人がやってくる人気の場所とみえて、駐車場が5カ所もあった。中心部の駐車場は満杯だった。バイク的思考でちょっとした隙間に止めようとしたら、店から人が出てきて注意された。少し外れた駐車場に場所を移し、バイクを止めた。
運河と端と、運河の両脇にある可愛らしい家々と緑の総和が美しい景色になっている。私はできるだけ身軽になって、運河沿いを散策した。私は水のある景色が好きなようだ。海、湖、川を含む自然を見ると美しいと感じる。
写真を撮りつつ歩き続けると、Giethoornの民族博物館があった。ここの人たちがどんな生活をしていたのか、見る価値がある。チケット売り場前に小さな休憩所があったので、コーヒーを買って席に座り、しばし休憩。
展示の中でも、昔の家が保存されている部分が最も興味深かった。聞いていたように、昔のオランダ人は押し入れのようなところにベッドがあって、そこに寝ていた。









キャンプサイトに着くと、農家が兼業しているところだった。昨日来られなかった事情を話すと、すんなりと受け入れてくれた。1泊分だけ現金で払った。
ついてこいというので、歩いて先を行く彼の後をバイクでついていった。案内された場所は、湖畔の一画だった。一目見るなり大いに気に入った。
湖に向かって右側はオランダ人夫婦。その向こうにもオランダ人男性が1人。オランダ人はみな初対面の挨拶が上手で打ち解けやすい。左手にいたスペイン人ファミリーのご主人に挨拶をしたら、知らんぷり。何年か前にも、どこかのキャンプサイトで同様の反応をしたスペイン人に合ったことを思いだした。そういう文化なのかも知れない。同時に、昔仕事で空港に何時間も待機したとき、スペイン人家族に取り囲まれるような形で座っていたが、家族で何か食べ始めたときに私にも食べるかと進めてくれたことも思い出した。
テントを張り、今まで使わなかった椅子を持ち出した。これまで小さな椅子だけでこと足りていたので、この背もたれ付きのやや贅沢な椅子はただ運んでいただけだった。これは次回から持ってこなくていいなと思っていたが、この贅沢な椅子にどっかり座って湖をぼおっと見ていると、持ってきて良かったと思った。晩ご飯を作り、食べたあとも、この椅子に座って景色を眺めていた。青年がやってきて静かに湖を泳いだ。夕暮れには、湖にいた白鳥が一斉に飛び立った。
17日目:Giethoorn - Hook of Holland - Harwich











朝早く起きて、時間をかけてテントをたたみ、荷造りをした。テントのすぐ後ろに垣根があり、その向こうは舗装された道だ。広いキャンプサイト敷地内なので、車はほとんど走らず、走るのは自転車ばかりだ。形は普通のママチャリなのだが、かなりのスピードで走っている。私と目が合うと、他人なのにみんな挨拶してくる。これがオランダらしさなのかもしれない。左隣のスペイン人家族は、うんと早くに出発した。私が去れば、右隣2軒だけが残る。
贅沢な景色の見納めをして、出発した。今日のフェリーは去年も往復使ったので、勝手が分かっている。去年は貨物の方の乗り場に行って、トラックの運転手に正しい乗り場を教えてもらった。今回は、スムーズに乗り場に着いた。めずらしく、クラシックスクーターのグループと一緒だ。
この航路を使い慣れている人たちは、乗り込むやいなや先頭の眺めの良い席に陣取る。私はまだそこまで船の構造を覚えていないので、後からのこのこそこにやってきて、しかたなくその周辺に座る。
だいぶたってから、私の近くに中国人男性とイギリス人女性の若いカップルが座った。スマホから顔を上げて見たわけではないが、聞いているだけで分かる。女性の方が、私の出で立ちを見てどういうことなのか理解に苦しんでいた。私のバイク用ズボンのサスペンダーには、小さなウエールズ国旗がいくつもプリントされている。首に付けているネックチューブは、スコットランドの国旗である。そして、被っている野球帽の左脇には小さな日本国旗のバッジが付いている。日本では国旗を帽子に付けたりしないのだが、イギリスにいると、現地人は私を見てほぼ例外なく中国人だと思うので、混同されないように、日本人だと言う代わりに小さな日の丸バッジを付け始めた。
少しスマホに気を取られて途中は聞いていなかったが、彼らの話はイギリス人の、中国人についてのイメージについてに移っていた。彼の方が、では中国人のイメージは悪いのかと尋ねたら、彼女は、残念だけどそうだときっぱり答えた。
彼には何の罪もない。経済学者の柯隆氏が、中国人と中国共産党を分けて考えることを教えてくれたが、中国共産党が悪いイメージを広めているのだ。日本は戦後80年間、ずっと良い子にしてきた。イギリスへの投資も膨大だ。サンダーランドのNISSANは8000人の現地人を雇用しているし、ダービーのトヨタは3000人を雇っている。数年前までは、スインドンにホンダもあった。80年に渡る地道な努力の積み重ねで、日本は西側諸国の中で信用を得てきた。中国も、イメージを高めたいのであれば、イギリスの投資をし、イギリス人を雇って、イギリス人と一緒に働くといった貢献を積み重ねる必要がある。
ここ5年ほどは、日本に観光で行くイギリス人が増えて、日本のイメージが急に良くなった。日本の皆さんが、来日観光客を心温かくもてなして彼らの心をつかんでくれたおかげである。そうやって日本びいきを増やすことで、どれだけ日本の国力を強めているか、計り知れないものがある。
気がつくとカップルはいなくなっていた。と思う。女性だけ残っていたかもしれない。最後まで私は彼らの方を見なかった。
夜になって、フェリーはイギリス側に着いた。年代物のスクーターのうちの1台が、パスポートコントロールに並んでいる間にエンジンが止まってしまった。故障は承知の上でやってきたのであろうが、この先、旅は大変そうだ。
退屈な道をひたすら走り、夜中過ぎに家に着いた。(終わり)
