
準備
去年のノルウェー旅は、出発が遅すぎた。急に日本に用事ができ、7月は日本に一時帰国していたせいだ。8月半ばになると、ノルウェーはぐっと寒くなる。明け方の冷え込みは、私にとってはもう冬だった。そこで、今年は、7月に出て、8月半ばには帰ってくるつもりだった。だが、年に1回の歯医者での点検の予約を取るのが遅かったため、歯医者が22日になってしまった。7月半ばくらいには出発する気でいたのだが、さっそくつまずいた。
歯医者がすんでからなるべる早く出られるように、歯医者の日より前から準備を始めた。去年は「寒い」ということを恐れるがために、冬着を持っていきすぎた。容量60リットルのバッグはいっぱいまで中身が入っていた。重いので、山登りのヘヤピンでバイクのハンドリングに影響が出ていた。その反省を踏まえて、今年は冬着を本当に必要なものだけに絞り込んだ。経験からこれで足りるという目安がつけられるのも役に立った。テント、食事用具、寝袋等は過去のバイク旅で絞り込みは済んでいるので変更なし。
0日目:フェリー近くまで移動 197miles (317km)



オランダ行きのフェリーが出るのは9時。8時にはチェックインを済ませたい。フェリー乗り場まで、自宅からだいたい4時間かかる。8時前に着きたかったら、出発は3時台ということになる。荷物(トップケース、パニア、60リットルの防水バッグ、タンクバッグ)をくくりつけて、スマホをワイヤレス・イヤホンとつないで、ヘルメットを被って走り出すのに、だいたい1時間かかる。すると、遅くとも2時に起きる計算になる。
1時ないし2時に起きるというのは、たちが悪い。いきなり6時や7時に眠れるわけはなく、結局睡眠時間3~4時間で、出発準備を終えて4時間走ることになる。フェリーの中では、もうヘロヘロで、かといって中に寝転ぶところがあるかというと、ない。その上、定期的に船内放送で、ゴロッと横になってはいけないと放送がある。椅子に座って眠っても満足に眠れない。
かくして、オランダ側で走り出しても、エネルギーが残っていないので、早々に降参して宿を取ることになる。
これを過去2年繰り返した。今年は少し利口になって、前日にフェリー乗り場の近くで宿泊することを思いついた。乗り場から7分という場所のTravelodgeに宿を取った。
この低価格ホテルは、やたらに細長く、受付のお姉さんは、2階の一番遠くの部屋をくれた。お姉さんに、ここは安全かと聞いたら、安全だし、CCTVも備わっていると言った。それでも私は警戒心を解かず、全部の荷物を遠くの部屋まで運んでいった。トップボックス、60リットルバッグ、パニア、タンクバッグと最低3回は往復した。写真で右側の方に出入り口が見えると思うが、出入りできるのは、ここだけ。そこから、写真のほぼ左端の私の部屋までの往復で、えらく疲れた。どうして、出入り口を中央に作らなかったのだろう。まだ終わりではない。60リットルバッグの中に入れたごっついワイヤーのロックを取り出し、また外に出てバイクの後輪に付けた。これで一安心。
さらに、私に心理的プレッシャーを与えたのは、翌朝、またすべての荷物を運び降ろして荷造りをしなければならないという事実だった。しかも、それを8時以前に完了し、チェックインに間に合うようにせねばならない。
家から直行するのと宿を取るのと、どちらが良いかと聞かれれば、僅差だが宿を取る。やはり、睡眠をしっかり取れた方が、翌日の走りも安全だし、元気も残っている。直行は、オランダ側のキャンプサイトで一泊しても翌日まだ疲れを引きずっていた。
イングランドの東、スコットランドまでもう少しというところに、ニューカッスルという町があるが、昔むかし、ここからノルウェーのベルゲンまでフェリーが出ていた。これを復活させるという話が持ち上がっていて、この夏に間に合ってほしいと強く願っていたのだが、間に合わなかった。復活したら、絶対にこれを使う。オランダ、ドイツ、デンマークを走る過程をぜんぶ省略できるからだ。
1日目:Harwich(イギリス) - Giethoorn(オランダ) 131miles(210km)



昨晩10時頃寝たのと、荷造りのプレッシャーから5時くらいに起きた。それでも、朝ごはんを食べて、2階の長い長い廊下を往復して荷物をバイクまで運び、くくりつけて、すべて準備が終わるころには、8時近くになっていた。当日のグーグルマップ、タイムラインを見ると、7時54分に出発している。チェックインの列に並んだが、私はほぼ最後だった。
チェックインの列の進みは遅く、ちょうど熱波が来ていたために、強い日差しにジリジリと焼かれた。無事にチェックインが済むと、次は税関だ。係官が、何か刃物の類いを持っているかと聞くので、キャンプの料理に使う小さなナイフなら持っていると言ったら、それを見せろと言う。私は思わず、マジで?と聞き返してしまった。キャンプの食事関係はパニアの中にある。パニアの上には60リットルバッグが乗っていて、宿を出るときにしっかりくくりつけたばかりだ。これを降ろさなければパニアを開けることはできない。5分はかかると言っても、係官はどうしても確認しなければならないと言う。ここ数年、不良たちがナイフで戦うようになり、ロンドンなどではよく不良グループどうしの争いでナイフで殺傷事件が起きている。そのせいで、税関が確認しなければならなくなったそうだ。数十センチに及ぶ長いナイフを持っている輩もいるようで、悪夢だとぼやいていた。そのぼやきを聞きながら私はパニアを開け、中をごそごそと探して料理用ナイフを見つけた。それを見せると、係官は納得した顔をした。私は最後なので、焦っていたが、最初の年に、道中寒くなって着る物を取り出すために60リットルのバッグを開けたあと、荷造りをしっかりしなかったために、縛りひもが後輪に巻き付けられて引きちぎれてしまったという苦い経験が頭をよぎった。手抜かりがないように気をつけて元通りに荷物をくくりつけた。
同じルートを3回繰り返すと、さすがに少し勝手が分かるようになる。この船旅は、少し余分に払ってでも「ラウンジ」に席を取った方が快適なので、フェリーを予約するときにラウンジも予約した。ラウンジに入るには扉で暗証番号を入力し、入ったら受付でチェックインをする。ここでは、コーヒー、ジュース類は飲み放題。ケーキが3種類ほどあって、オリーブなどのつまみもある。これらも好きなだけ食べてよい。席には充電用のコンセントがあり、昼食を注文すれば、持ってきてくれる。何より、落ち着いて座ることができるのがうれしい。
ラウンジのお得さが広く知られるようになったらしく、これまでよりも混んでいる。隣では、新卒で金融街に就職したらしき若者2人が、ビデオ会議で話している。話し方がいかにもパブリック・スクール出身といった話し方で、電話がかかってきてママとも話している。こういう層の人たちは、同じような生活が子どももできるようにあれこれ手を尽くして、子どもも同じような社会的層に心地よく生きていくのだろう。ただ、この新卒君がこれまで通りに生きていけるかは、AI次第だ。今の若者はAIのせいで将来図が描きづらい。大変な時代になった。
少し耳が疲れたので、席を移った。ラウンジはフェリーの先端部にあり、キャプテンと同じような景色を楽しむこともできる。オランダ側の湾内を進んで行くとき、向こうから柱のお化けのようなものを何本も突き立てた船が向かって来た。湾岸工事にでも使うのだろうか。







船にいる間に、オランダで泊まるキャンプ場に予約を入れた。去年の帰りにGiethoornという運河の町に観光で寄ったのだが、この時に泊まったキャンプ場が気持ちよかったのと、フェリーを降りて2時間ほどという程よい距離なので、今回も泊まることにした。
フェリーから降りると、去年と同じように入国管理の車の列に加わった。今回は、EUが新しい入国管理制度を導入してから始めて入るので、指紋の採集と、写真を撮られることを覚悟していた。ハンバーガーのチェーン店でドライブスルーというのがあるが、車の列と、列ごとに係官がいる建物の関係はちょうどそんな感じだ。ただ、車の列はまっすぐだ。私の前の車には人が8人くらい乗っていて、えらく時間がかかっている。私の番がきた。右手の指すべての指紋を採る。小さなスキャナーのようなものに手のひらを載せるだけなので、簡単である。次は写真ですよねと言ったら、カメラが壊れているとのこと。どこまで行くのかと聞くので、ノルウェーまでだというと、遠いよという。知っている。今回で3回目だから。何日間滞在するつもりかという。いたいだけいると言うとまずいと思ったので、ブレークダウンの保険を一ヶ月しかかけていないので、それ以内には帰ると、係官を安心させる答えをした。宿泊先の住所はと聞いてくるが、初日のキャンプ場は予約してあると答えてしのいだ。係官はまだ20代の女性で、あんまり目が綺麗なので見とれていると、パスポートにスタンプを押してくれた。
フェリー乗り場から高速に乗るまで、大きくてイギリスとだいぶ違うラウンドアバウトに神経を使ったが、乗ってしまえば、オランダの道は、広くて整然としていて、非常に走りやすい。そして、空が広い。どうしてこんなに空が広いのかと思った。しばらくして、それは山も丘もないからだと気づいた。ただひらすら真っ平らなので、空はやたらに広い。
キャンプ場の受付に着いたら、オーナーは見回り中で、事務所の扉はしまっている。受付の周りに7、8才の男の子がいて、この子にこれからどんなルートでどこまでいくか話しているうちに、オーナーが帰ってきた。一泊20ユーロ。自転車で先導するオーナーの後をバイクでついていく。前回の湖べりの場所は埋まっていて、小道を挟んで少し奥の、すてきな芝生の場所をくれた。後ろには別荘のような建物があり、オランダ人が数人椅子にすわって談笑している。さっそく挨拶をした。みんな明るく社交的な人たちだ。再びどんなルートでどこまでいくか話し始めたが、よく見ると、さっきの男の子もいることに気づいた。あとは、その子に聞いてくれと切り上げた。今回、座り心地のよい椅子を持ってくるかどうか悩んだが、それをここぞと広げる。持ってきてよかった。
2日目:Giethoorn(オランダ) - Elbe川東岸(ドイツ) 260miles(418km)

去年は、往復高速道路を使った。行きも帰りも、ドイツの高速道路で渋滞に遭い、ひどい目にあった。ドイツではオートバイのすり抜けは違法だ。渋滞時には、日の光にジリジリ照りつけられながら、じっと耐えるしかない。ブレーメンとハンブルクは、必ず渋滞していると言っていいだろう。帰りに渋滞をハンブルク以西は渋滞を避けて北部を走ったのだが、それでも合計4回渋滞に巻き込まれ、4度目におそらく軽い熱中症になったと思う。30分先のキャンプ場に行く気力も体力もなく、10分東に逆戻りして一番近いところへ逃げ込んだ。
それにしっかり懲りて、今年はドイツでは高速道路を使わない固い決心をしていた。問題はハンブルクをどうやって高速なしで越えるかだ。何か妙案はないかと、Facebookでノルウェーのツーリングが大好きなバイクグループに尋ねてみた。嬉しいことに、彼らはエルベ川を渡るフェリーがあることを教えてくれた。このフェリーを使えば、ハンブルクの高速を使わずにデンマークに乗り込むことができるのだ。アドバイスでは、ドイツのレール(Leer)という町を目指して、そこからはナビを高速不使用に設定して、Wischhafenを目指せとのこと。そこからエルベ川へ向かえば「渡し」へたどり着く。そして、車の長蛇の列をオートバイは全部すり抜けして先頭に行ってよいということまで教えてくれた。




早めに起きて、朝ごはん、撤収を済ませ、オランダのキャンプ場を9時に出発した。下道を使うということは、距離を稼ぐためには、速度ではなく、どれだけ長い時間走るかということが問題になってくる。
北上し始めてGiethoornを通り過ぎ、シェルで給油。オランダにいるからにはシェルだろう。Royal Dutch Shellという会社名を覚えている。
オランダ国内の下道は、自転車専用帯がラウンドアバウトや交差点に組み込まれているのに慣れるまで神経を使った。以前、上高地でオランダ人と同宿したときに、どちらに優先権があるか尋ねたのだが、場合によるという返事だった。そこで、安全策を取って交差点等で自転車に出会ったときは、ぜんぶ譲った。
ドイツでは、時速100km、70km、50kmが入れ替わり出てくる上に、標識がないところでグーグルナビの速度制限が上がったり下がったりするので、非常に混乱した。実は整然としたルールがあるのを、帰り道で気づいた(後述)。信号も、何もついていない時と赤の時があったりして、走る前に調べておけばよかったと後悔しながら走った。
ドイツではドイツ語で話しかけられることが多い。これは一つにはドイツが大量の移民を受け入れていることを反映していると思う。移民の中に私のような顔つきの人間がいくらもいるようなので、ドイツ住民と見なしてドイツ語で話しかける、さらに、ドイツ語はヨーロッパに普及している言語だという自負もあるだろう。外国語として、英語は話せないがドイツ語なら話せるという人もたくさんいる。
そこで、可能な限り止まらないように走り続けるのだが、ガソリンは入れなければならない。最初のガソリンスタンドは、片田舎にあって、思いきりドイツ語だったが、片言のドイツ語とジェスチャーで何とか切り抜けた。その次のガソリンスタンドに入ったとき、店員さんが若い人だったので、英語を試してみたら、上手な英語が返ってきた。意思疎通が簡単にできるというのは素晴らしい。ついでに、昼もそこで食べることにした。
ドイツでは、町を抜けて次の町に着くまでの建物の少ない区間は時速100km、町に入ったら50km、町に入る区間・町から出る区間、それに合流があったり、危険度が比較的高い場所では70kmだと、帰り道に理解した。町の入口と出口には必ず黄色の看板がある。
行きにはまだその理解に達せずギクシャクした走りであったが、何とかエルベ川の渡しにたどり着いた。教わった通り、車の長蛇の列をすり抜けていった。渡しが着いたとみえて、降りた車やロリーがこっちへ向かってくる。その流れが途切れたときに一気に前進し、先頭まで出て、他のバイクに加わった。加わって1分も経たぬうちに渡しフェリーに乗り込んだ。
フェリーが出て少ししたら、集金係の人が来た。このごろはコンタクトレスのクレジットカードで何でも払えるので、いとも簡単に終了。これで憎きハンブルグの交通渋滞に苦しむことなく対岸へ渡れる。勝ち誇った気持ちでフェリーの時間を楽しんだ。
理想を言えば、北上してデンマークの最初の町まで行きたいところだが、もう5時だ。がんばって、北上して8時、9時にデンマークのキャンプ場に着くというのは利口でない。テントを張って、食事を作ってといったことをそれから始めると、寝るのが遅くなってしまう。きっぱりあきらめて、手近なキャンプ場を探した。キャンプ場へ向かう途中で、右手の広大な牧草地に、何やらイベントの準備をしているのが見えた。ロック系のミュージック・フェスティバルかと思ったが、こんなところでするかなあと疑った。







キャンプ場に着くと、80は越えていそうな男性が出てきた。英語への期待は遠のいたが、英語で話していいかとドイツ語で聞いた。すると、彼は、手招きして隣の部屋に移動し、階段の上に向かって話した。若い女性が降りてきた。この人は英語でOKだった。
入口脇の区画をもらった。そこで、テントを張っていると、同年代くらいの女性がドイツ語で話しかけてきた。私がキョトンとしていると、今度は英語で話しかけてきた。少しして、また別の40代くらいの女性も話しかけてきて、コンサートに来たのか聞かれた。やはり、あの広大な敷地でロックのミュージック・フェスティバルが行われるとのこと。あと2、3日すると、ものすごい数の人が、あそこに集まるそうだ。食事の準備をしていると、今度は50代くらいの男性が話しかけてきた。ここは、なんてフレンドリーなドイツ人がいるキャンプ場なんだと感心した。みな、何かしらこのコンサートと関わっているようで、ロック好きの人たちは、社交的なのかもしれない。去年の帰りに泊まったドイツのキャンプ場の年配層があまりにも冷徹だったため非常に印象を悪くしていたのだが、それを見事に打ち消してくれる、ありがたい経験だった。
3日目:Elbe川東岸(ドイツ) - Hirtshalds(デンマーク) 295miles(475km)




今日は、デンマーク北端の町Hirtshaldsまで行く。これまでの経験から、1日で行けると知っていた。明日、Hirtshaldsからノルウェーに渡るフェリーも予約した。気になるのは、天気予報だ。西の方から雨がこちらに向かっている。予報だと、北へ逃げれば、雨を避けられる可能性が高い。あす、雨が来る前に、北へ逃げたい。
プレッシャーはよく効いて、朝5時くらいには目が覚めた。10時くらいに寝たから睡眠も足りている。テントの中で朝食(パン、チーズ、トマト)をもぐもぐと食べ、撤収。8時には出発の準備ができていた。のろまの私としては、記録的に早い。余裕をこいてゆっくりし、8時20分に出発。
ドイツのキャンプ場を出てすぐに、雨がポツポツと降ってきた。北へ移動して雨から逃げているつもりなのだが、雨はやまない。降られることは分かっていたので、グローブは雨用のものをしていた。雨用と言っても、濡らしてもかまわないただの安手のグローブだ。この下に、ガソリンスタンドで手に入る薄手のビニール手袋をする。そうすると、スイッチ類を操作する指感覚を保持したまま、手は濡らさずに済む。不愉快な冷たさもない。
スマホのナビは、きのうの下道の設定のままだった。のどかな町を楽しく通り過ぎることを予想していたが、この当りは穀倉地帯。ときおりある町をつなぐ道が延々と続く。穀倉地帯を通るので、景色も面白くない。デンマークのこの部分は高速を使って効率的に走った方が利口だと思った。
コツコツと北へ進むのだが、雨があがったり、しっかり降ったりと、なかなか振り切れない。結局、雨から逃れて走ることができたのは、最後の4時間くらいだった。走りながら、自分を乾かした。
ちょうど、雨が途切れたころ、セブン・イレブンがあった。思わす懐かしくなって寄った。日本のセブン・イレブンのコーヒー注文の仕組みがここに持ち込まれていて、興味深かった。ここで、おそい昼を食べた。
いい景色が見られるかもしれないと、デンマークの北の方では西の内湾沿いのルートを取ったのだが、これといって素晴らしい景色に出会えなかった。
6時ごろHirtshaldsに着いた。いい天気だ。朝8時20分出発だから、9時間半ほどかかったことになる。もう3年越しでお世話になっているキャンプ場へ。いつもの愛想のいいオーナーではなく、もう1人真面目そうな人が手続きをしてくれた。もらった区画に向かうと、バイク仲間が2人、サイクリストが1人。
自分の区画で荷物を降ろして設営を始めたら、ダックスフントを連れた女性が通りかかった。犬には目がないので、犬に挨拶をすると、吠えてくる。Hi Vizのベストを一番上に着ていると、犬は危険を感じるようで、よく吠えられる。吠えちゃってごめんなさい、といった会話から、立ち話へ。この近くにすんでいるとのことで、立て続けに親類を4人失って、失った親類が契約している区画にある、ホリデー用の簡易住居の整理をしに来ているとのこと。
キャンプ場に併設されているカフェ兼雑貨店は9時半に閉まると受付で聞いたのを思い出し、買い出しに。明日ノルウェー側に着くのは夕方なので、買い物をしている時間がない。カフェに着くと、オーナーの奥さん(スペイン人)は、いなくて、若い人たちがいた。男性1人、女性2人。男性が女性たちにスペイン語を教えているところをみると、オーナー夫妻の息子さんかも知れない。食糧と、ここまでやってきたお祝いに、デンマークビールのカールスバーグを買った。
テントに戻って食事の準備をしていると、先ほどのダックスフントと女性が帰ってきた。Hi Vizは脱ぎ捨ててあるので、犬は吠えない。スペイン産の乾燥ソーセージをやると、喜んで食べていた。犬は食べ物をもらった人への恩を忘れない。もう手なずけたも同然。40代半ばとみえる飼い主は、このキャンプ場から歩いて行ける海岸について教えてくれた。デンマークでトップクラスの海岸だとのこと。どうも、犬がソーセージほしさに引っ張ってくるのか、その後も何回か話をした。
食事のあと、久しぶりのビールで気持ちよくなって、散歩がてら海岸に行ってみた。砂地になってから結構距離があったが、海岸に出て、努力は報われた。確かに、この海岸はトップクラスだ。夕日が海に沈み始めるころまでぼおっと海を眺めて、テントへと向かった。
明日のフェリーは昼頃。その夜はテントでのんびりと過ごした。外でゴソゴソ音がするので、動いたらエアーマットが音を立て、犬が吠えた。テントのすぐ外に、犬と彼女がいることがばれてしまった。2つの可能性がある。1つは、こそ泥で何か物色に来たが、犬のせいで台無しになった。もう1つは、私のことが気になって様子をみに来た。自分に子どもがいないことなど、聞きもしないことを話していたが、これも前者・後者どちらの線でも解釈できる。テントの外に盗むに値するものは何もないので、寝てしまった。







