トライアンフ本社工場見学
冬の日本滞在中に、私が属しているモーターサイクルグループからトライアンフの工場見学に行きたい者はいるかと連絡があったので、勇んで手を挙げた。グループのイベント係のチャールズが希望者のために工場見学のチケットを取ってくれた。統計を見ると、日本でトライアンフは輸入2輪の第3位で、5台に1台がトライアンフようだ。日本列島には、さぞたくさんのトライアンフがあることだろう。
見学日は2026年の5月23日(土曜日)。その前の週まで冬かと思うほど寒かったのだが、金曜日から急に気温が上がり、土曜日は20度台の後半まで上がった。月曜日が休日だったので、3連休を楽しむ人々で道路は混んでいた。
昔は、トライアンフ所有者とその友人でなければ工場見学ができなかったのだが、今は門戸が開かれているようだ。ちなみに、チャールズは、熱烈なトライアンフ党である。
本社には工場と展示部分(Exhibitionという語を用いているが博物館と呼んでしまう)が併設されている。残念ながら、工場内の撮影は許されていないので、私が覚えている限りの記述になる。トライアンフ博物館は写真OKだった。
本社ヒンクリー(Hinkley)の工場内部の様子については、次のビデオが公開されている。私の記述と合わせると想像しやすいだろう。




工場前の駐輪場にバイクをとめ、建物の中に入る。ロッカーに荷物を入れ、身軽になって博物館の1階部分(正面入口から左手)を見て回っていると、リーダーのチャールズが係の人に呼ばれて、見学者の入口のスライディングドアの付近で待っているように指示を受けた。この向こうにトライアンフの工場があるのだ。
写真には写っていないが、このドアの左手は広いカフェになっていて、我々6人はテーブルの椅子に腰掛けて待った。
時間になるとドアが開き、中から黄色いハイビズを着た男性が出てきた。この人が私たちのグループ(10人ほど)のガイドだ。ガイドの名前はニール。ガイドは他にもいて、工場内で別のガイドが後続のグループを案内していた。
ドアの向こう側に行くと、左手の壁には世界地図があり、世界に散らばるトライアンフ工場の場所にロゴがある。世界地図の右隣には、各見学者が使用する受信機が何十とぶら下がり、さらにその隣には背中にトライアンフのロゴがプリントされたハイビズがたくさんハンガーに吊されている。
ニールは自分でハイビズを選んだ着るように言い、みんなに受信機を配りはじめた。一昔前のipodのような受信機には片耳用のイヤホンが3.5mmジャックで付いている。耳たぶで小さなスピーカーを支えるタイプだ。衛生への配慮が見られる。
ニールは、世界地図を指さして説明を始めた。イギリス人の参加者に、本社工場は実はたくさん製造してないことを露呈しないように上手に説明していた。
ニールによると、タイに工場があって、そこでは、完成車両例えばインドのBajajと協力してSpeed 400も作っているが、同時に部品も作っていて、それをイギリスの本社工場に送ってくる。一方、ヒンクリーの本社工場では、完成車両も作っているが、それと並行してすべての車種のクランクシャフトとカムシャフト作って、その一部をタイ工場にも送っているそうだ。
私が別に調べたところでは、トライアンフの中心的製造地は実はタイで、タイに大きな工場が3つある。タイでは年間6万台が生産されているそうだ。量産車両はだいたいタイで作られている。一方英国ヒンクリー工場では、年間約4500台が生産されているが、限定モデルや特別仕様のハンドメイドモデルを中心に手がけているようだ。
ヒンクリー工場では、新しいオートバイの研究・開発も行われていて、トライアンフの本拠地としても機能している。これは、後の説明からも理解できるはずだ。
コメディアンでもあるチャールズが、ただ1人の東洋人である私のことをニールに耳打ちしている。こいつは、日本のスパイだと吹き込んでいた。ニールの説明が一通り終わったところで、「はっきりさせておきたいんだけど、僕はスパイじゃないからね」と言ったら、グループに受けていた。みんな熱烈なトライアンフファンだが、それでも日本人を受け入れてくれている。イギリス人の寛容さと、バイク乗りどうしの同胞意識の強さを再認識した。すかさずチャールズが「こいつの伯父は、スズキの開発責任者だ」と言っている。私は小さなホンダロゴのついた野球帽を被っていたが、以後、私はスズキ関連者としていじられることになる。
さて、ニールを先頭に工場の最初の区間に踏み込むと、そこには、高い天井まで積み上げられた完成車両の立体倉庫があった。冒頭のビデオの最初の部分では、部品が各棚に載せられているが、これをビニールが被せられた完成車両に置き換えてイメージしてもらえばよいだろう。この中に320キロのロケットも入っているのか聞いたら、入っているとのこと。前輪を外して、後輪の脇に置かないとトレーに収まらないそうだ。
次の区画に入るドアの上に、トライアンフの看板が、古いもの、新しいもの、いろいろ15ほど飾ってあった。ニールは、あれがメリディン(最初のトライアンフ)のもの、あれがアメリカの云々と言っていたが、詳細は忘れてしまった。
また扉を通って次の区画に入ると、そこはクランクシャフトを作る区画だった。サッカーピッチくらいの広さに思えた。ドイツ製の精密機械(Junkerという社名は覚えている)が何台も並んでいて、これでクランクシャフトを作っている。ニールは、ここでは何ミクロンという精度でクランクシャフトを作っていて、一つ一つのクランクシャフトにはQRコードが付いていると言って見せてくれた。触ってみると、動作には支障のない平らな面にQRコードが刻まれている。
見学者説明用のクランクシャフトも用意されていて、キャスターの付いた小さな台の上に5つほど並んでいた。ニールが感慨深げに言うには、スペインの有名な工場でクランクシャフトの最初の形が作られるとき、2気筒、3気筒に応じてクランクシャフトに角度を付けなければならないのだが、それは、鋳型に流し込まれて形ができた後、強力な力で軸が捻られているそうだ。「ほら、ここが流し込みの箇所、もう一つこれが流し込みの箇所。ずれているだろう? 流し込んでから、捻るんだ。」とニール。あんなに太い鉄の軸を、どうやって中心をずらさずに捻ることができるのだろう。素人には想像できない世界だ。並んでいるモデルを見ると、粗い形が削られて、だんだんと美しいクランクシャフトになっていく様子が分かる。
いろいろな車種のクランクシャフトが展示されいるケースもあった。小さなものから、ロケットの野太いクランクシャフトまでさまざま。すべて、このヒンクリー工場で作られ、必要に応じて世界各地の工場に送られる。
クランクシャフトの最終検査のセクションでは、ニールはいかに精密に作られるかを力説していた。でも、それって、ドイツの機械が作っているわけであって……。ドイツを褒めればいいのかな。
ドアを通ってまた次の区画へ入ると、アクリルの仕切りの向こうには、HP(ヒューレット・パッカード)のロゴが入った軽自動車ほどの3Dプリンターがあった。通路の棚に、3Dプリンターで作った見学者用のプラスチック製の部品がいくつも乗っていた。ニールがそれらを手渡して皆に触らせてくれた。中には、リアスプリングまである。
ニールは、ヒンクリー工場はトライアンフの研究・開発拠点であることを説明し始めた。技術者が、週末帰る前にこの3Dプリンターにデータを送っておけば、月曜日に出社した時にはその部品ができている。この3Dプリンターを使えば何でも作れるので、それを手に取って、組み立てて、開発を進められる。
通路を少し行くと、3Dプリンターで作った部品でできたトライデントがあった。この段階の開発モデルをP1と呼ぶそうだ。触ってみたが、小さな部品までプラスチックで作られていて、それが本物のオートバイのように組み立てられていた。
現物は展示されていなかったが、この次の段階がP2と呼ばれる開発モデルだそうで、金属でできているが、角度が調整できるようにあちこち出っ張りがあるものだそうだ。これを世界のトライアンフ工場に送って、さまざまなテストを行うとのこと。
P1の開発モデルの先に、ステッカーモデルと言うものが展示してあった。黒字のシートに白いトライアンフロゴが千代紙のように散りばめられたものが、車体一面を覆っている。
またまたドアを通って次の区画へ。ここでは、タンクの塗装が行われていた。先ずは、ベルトコンベヤー化された部分。そこだけ機械仕掛けの島のようになっていて、アルミ敷きの床には、細い切り込みが一本の筋として走っている。その切り込みから等間隔を置いて棒が立っていて、棒の先端にタイガーのタンクが乗っかっている。この切り込みは、この島の中を一周していて、入口らしきところには演説台のようなパネルがある。このパネルで色などを細かく指定すれば、アクリルで囲われた範囲をタンクが通過する間に、塗装ロボットが指定通りに塗装してくれる仕組み。残念ながら、土曜日の午後だったので稼働してはいなかった。終業ベルが鳴って停止したままになっている。
別の区画に移ると、そこはボンネビルなどのクラシック系のタンクをカスタムペイントする区画だった。小部屋が連続して並んでいて、最初の小部屋では、塗料を噴霧するとのこと。機械ではなく、熟練工が塗料を噴霧するそうだ。稼働しているときは、奥の壁で上方から水を流して水の壁を作り、その壁に向かって塗料を吹き付けるそうだ。塗料を含んだ水は、水と塗料に分けて回収されて、水は循環しているそうだ。隣の部屋は乾燥させる部屋。その隣の部屋は、焼き付ける部屋。ニールが言うには、色が2色になると、この行程を2回するとのこと。誰かが、じゃあ3色の時はと聞いた。この行程を3回繰り返すとの返事。ということは、タンクが3色なら、塗装は3層になっているということ。手間が3倍だから、当然高くなる。
ニールは我々を別の小さな区画に誘導した。ここでは、クラシック型のタンクに手書きでラインを入れるそうだ。熟練工が2人いて、ひとりは年配の男性、もう1人は若手の女性だそう。おそらく、この2人が、この工場の中でもっとも職人らしい職人だろう。タンクにラインを入れ終わったら、サインを入れるそうだ。確かに、タンクのライダー側手前にイニシャルが書かれてあった。私の見たタンクには、イニシャルが3文字。もし、クラシックタイプのトライアンフをお持ちなら、同じ場所にサインがあるはず。そのタンクは、ここで生まれたのかもしれない。かもしれないというのは、タイ工場でも同じような行程があり、ヒンクリー工場の熟練工が指導に行ったそうだ。だから、タイ工場で生まれたタンクである可能性もある。
またドアを抜けて、アセンブリーの区画へ進んだ。フレームが立てかけてある。ニールが、これがタイガー900のフレーム、これがタイガー1200のフレームだと教えてくれた。このフレームはタイ工場で作られたもの。ここでは、精密機械を使ってフレームに識別ナンバーを刻印している。今はタイガーを組み立てているが、一定期間経ったら別のモデルを組み立てると言っていた。
組み立ての前半ではバイクは吊されているが、タイヤが付いてからは、ベルトコンベヤーか動く土台の上に据え付けられていた。各作業員の持ち場の境界には、その作業員用のディスプレイがあり、作業員は提示されいるリストの一つを選ぶ。作業員が使う道具は、機種にかかわらず常に同じ道具で、その道具はBluetoothでコンピューターと繋がっていて、ネジ締めのトルク等が自動で設定されるそうだ。いくつ部品を付けるかもコンピューターが見張っていて、作業ミスが絶対起きないようになっている。
ドアを通ってまた次の区画へ。1時間以上説明を聞き続け、さすがに疲れてきた。ここは、完成車両を検査する区画だ。1台当り20分の時間をかけて、すべてのエンジンモードを始め、なめるように検査をし、出荷の列に並べられる。検査官は自分のシートなるものをもっていて、それをバイクに付けて検査するそうだ。検査が終わると検査官はそのシートを外す。検査後の車両が並んでいたが、シートがなかった。まだ誰も座っていない新品のシートを、バイクに取り付けるからだ。完成した新品のバイクに最初にまたがるのは、その購入者であるべきだという粋な計らいだ。あなたが新車のトライアンフを買ったら、そのシートに座るのは、あなたが最初の人だ。
我々は、出発地点に戻り、ハイビズとヘッドセットを返し、ニールに例を言って、横開きのドアから出た。

ドアの外に出て、カフェで遅い昼食を摂った。私は、オールデイブレックファストという名のラップとコーヒーを注文。カウンターのお姉さんが温めるかどうか聞いてきた。イギリスでそんな親切が受けられるなんて予想外だった。
食べてから、トライアンフ博物館を見学。ここは写真撮影OK.

最近、トライアンフはオフロードバイクにも乗り出した。ニールによると、他のメーカーの真似をすることをしないで、1から自力でたたき上げたそうだ。開発に協力してくれたレーサーの名前も聞いたのだが、忘れてしまった。






正面入口を入って左手がすべて博物館だ。1階部分は、コの字型に展示が広がっている。


これは、コの字型に広がる展示の真ん中にある島。1960年代のモデルだ。

すぐ前の写真の場所の反対側には、エルビスプレスリーモデルが展示されていた。世界に925台しかないそうだ。

これは、映画「大脱走」の中で、スティーブ・マックイーンが鉄条網をジャンプして乗り越えた場面に使われたバイク(TR6 Trophy)。本当は、彼がジャンプしているのではなくて、バイク親友のBud Ekinsがジャンプした。スティーブ・マックイーンの伝記を見ると、彼がいかにトライアンフに入れ込んでいたかが分かる。

こちらは、元イングランドサッカーチームキャプテンのデイヴィド・ベッカムが乗っていたトライアンフ。
トム・クルーズがミッション・インポッシブルで、ダニエル・クレイグがNo time to dieでトライアンフに乗っているが、実車の展示はなかった。


これで、コの字型の展示を見終えた。2階に上がる。



2階は、俯瞰するとバーベルのような形で、廊下の両端に丸い空間がある。ここは、2階に入ってすぐの丸い空間。右手にはEVバイク、左手にはStreet Tripple RSと、その車体を構成する部品が展示されている。






廊下の右手には、「デザイン・プロセス」と題して、ロケット3が量産されるまでが6段階に分けて解説されている。

これは、進んできた方を振り返って取ったもの。右手にある展示を見忘れてしまった。


突き当たりの丸い空間。閉館時間が迫ってきたので、詳しく見る余裕なく、写真だけ。



突き当たりの丸くて青い空間から出口の方へ向かう。
これは、100万台目のトライアンフ、タイガー900ラリー(2021年)。
100万台目を工場内で押さえようとしていたが、捕まえ損なってオーストリアに向かってしまった。そこで、CEOのニックが飛行機で飛んでいってオーストリア側で押さえたそうだ。工場ガイドのニールが教えてくれたのを思い出した。

これは、2015年に世界最年少の22才で441日かけて世界一周を果たしたRhys Lawreyが乗ったタイガー800XC。彼には、世界一周を終えた年に、バーミンガムのバイクショーで会ったことがある。


正面入口の2階に当たる部分。入口側が吹き抜けになっていて、オートバイが手前と奥に1台ずつ吊り下げられている。
係の人に追われるように、階段を降りていった。
日本のトライアンフのディーラーの人たちが、2017年にここを訪問している。合わせてご覧になると、より広く知ることができるだろう。
トライアンフ ファクトリービジターエクスペリエンスセンターを体験リポート #01
トライアンフ ファクトリービジターエクスペリエンスセンターを体験リポート #02

